【ライブ感想文】宗谷いちか 3rdQ『とことはの魔法』

宗谷いちかオンラインライブ『とことはの魔法』を見た。

宗谷いちかさんは、ななしいんく所属のVTuberである。今年6月から6ヵ月連続オリジナル楽曲リリースを続けており、今回のライブはその締めくくりでもあり、宗谷いちかというタレントがこれまでの活動で培ってきたものの集大成でもあった。集大成、べつにそれはなにかに幕を降ろすためのものではない。これまで培ってきたもの、無形のエネルギーのようなものに『とことはの魔法』という名前をつけ、有形の力として再臨させる、そんな儀式のようなものだった。

僕が宗谷いちかさんの存在を知ったのは、花奏かのんさんのななしいんく加入がきっかけだった。正直なところ、当時は事務所所属の他タレントへの関心は薄く、ときおり動画や配信を見かけるなぁ、という程度だった。バラエティ企画などで面白おかしく場を盛り上げる姿は印象的だったが、音楽活動に関しては、恥ずかしながら意識していなかった。

転機は、6ヵ月連続リリース第一弾として発表された楽曲『泡影』だった。とにかくこの曲が僕の好みど真ん中だったのである。2024年のベストソングを挙げろと言われれば、真っ先に思い浮かぶのはこの曲だ。エレクトロ風な分厚いリズムサウンドを土台に、エモ・マスロックの流儀を感じさせるギターが彩りを添える。ダイナミックな曲展開も、凪いだ海の静けさと、押し寄せる波の激しさを表現しているようだ。そしてなにより、波のように跳躍するメロディを乗りこなし、音に乗る歌詞を優しく力強く届けることができる、宗谷いちかというボーカリストの力に圧倒された。

この一曲で確信した。この人の世界観から生み出される作品は、きっと好きなものだ。気づくのは遅かったが、ここからはじまる6ヵ月連続リリースを見届けられるという幸運に巡り合えたことは、喜びでもあった。


『泡影』という一曲に導かれた6ヵ月を過ごし、僕は『とことはの魔法』にたどり着いた。

『とことはの魔法』ではマルチアングルチケットというシステムが採用されていた。通常のカメラ(①)に加え、寄りめ目線基準の固定カメラ(②)、引きの舞台全景固定カメラ(③)、アオリ気味で舞台外周360°を回転し続けるカメラ(④)、合計4種のカメラを視聴者側で自由に切り替えながら観ることができるというものだ。①の通常カメラはバーチャルライブならではのカメラワークで十分楽しめるものであり、②は表情の変化が見やすく、③はバーチャル空間ならではの舞台演出を余すことなく楽しめる。視聴者は4つのカメラをリアルタイムでシームレスに切り替えることができ、気になったところにフォーカスができる。これによって、演じられているのはひとつのライブであるにもかかわらず、その視聴体験はそれぞれの視聴者固有のものになり得るのだ。

なかでも素晴らしいと感じたのは、④のカメラだった。特にライブ終盤、球状の舞台に現れたいくつもの視聴者コメント窓と、その中心で歌う宗谷いちかさんの姿を見たときだった。この景色が、とても心地よかった。冒頭で書いたように、僕は宗谷いちかファンとしては俗にいうところの新参者である。もちろんライブは楽しみつつ、そこにどこか一歩引いた感覚があったのは事実だ。そんな新参者のスタンスに突如フィットしたのが④のカメラだったのだ。常に目線が合う②のカメラでもなく、後方から舞台全景を眺める③のカメラでもない。惑星の周りを回りながら観測映像を送り続ける、さながら人工衛星のような、④のカメラだったのだ。

カメラが360°どこに動いても、そこには宗谷いちかとファンの姿が映る。彼女は止まることなく、ファン(コメント)の動きも止まることはない。VTuberはその活動の性質上、ファンとのコミュニケーションはなんらかのウインドウ越しになる。このライブのキービジュアルに描かれている無数の窓(ウインドウ)は、まさにそのことを表している。ウインドウの向こうにいる人は、止まることなく生きている。これはライブという特別な舞台に限ったことではない。VTuber宗谷いちかと、そのファンたちの、日々のあらゆる活動の景色と同じなのだ。そしてその全員が積み重ねてきた先にこそ創り上げることができた、そのひとつの形が『とことはの魔法』という作品なのだ。このことを感覚的に伝えてくれたのが、一歩引いた新参者の僕にフィットした④のカメラだった。ひょっとするとこの特等席は、僕のように新しくやってくるファンのために用意されていた、彼女の優しさなのかもしれない。

冒頭の繰り返しになるが、僕はこのライブを、VTuber宗谷いちかの集大成のようなものだと感じた。明白な形には見えない「活動の総体」という現象全体に対して、『とことはの魔法』という名前を授け、形を創り上げることに成功したのだ。


人は事物に名前をつけ、言葉によって事物をとらえ、世界に触れてきた。『とことはの魔法』という言葉を知った人は、この世界の新たな力に触れられるようになる。その力は、未だ知らない景色へと足を踏み出す勇気になる。それは宗谷いちかさん自身にとっても、そのファンの人たちにとっても、きっと同じことだろう。それぞれの日常にある無数の窓の向こう側には、未だ知らない景色や力の源があるかもしれない。

積み上げてきた日々を糧にして、また明日へと歩みを進めていく。当たり前のようで当たり前ではない、すべての人生に宛てられたひとつの魔法が、確かにそこにあった。