夏がいく
夏がいく
平成最後の夏だった。
去年と同じように、自転車に乗って坂を登る。祖母の実家は山の上にあって、夏場はちょっとした避暑地になる程度には涼しかった。辿り着くまでに汗だくになるけれど、途中の駄菓子屋でアイスと、懐かしい菓子を買い込む。駄菓子屋を出るとき、青空に白い入道雲が映えて、まぶしくて、鼻の奥まで痛くなった。
「ばあちゃん!」
祖母の実家の引き戸を開けると、はたして、祖母が居間に座っていた。
祖母は眉をひそめて、でも笑った。
「また来たのかい、タカ坊」
「うん。これお土産」
「冷蔵庫にスイカが入れてあるから、よかったら出して食べな。ばあちゃんは野球見るから」
テレビには野球中継が映っている。画面が荒れて、よく見えない。
「ばあちゃんに、今度タブレット端末持ってこようと思ってたんだった」
「いいよ別に。古いものならいくらでもあるし」
二人して行儀悪く居間に寝転び、アイスを食べる。駄菓子も開ける。いつもと同じ、知っている味。
「タカ坊、お前もうここには来るな」
「何で。来たくて来てるのに」
「ここは元号が平成になる前からずっとこんなだよ。昭和。大正。過去のものなら何でも揃ってる。平成がいってしまったら、平成のものも」
「ばあちゃん」
「あんたもいずれ過去になる。そのときでいいじゃないか? まだ、入り浸るには早いんだよ」
こうして諭されるのも何回目だろう。
学生時代、夏休みが終わるのが嫌で、別に、夏休み前と同じ日常が始まるだけなのに嫌で、坂道を登って祖母の実家に出かけていた。あんまり強く願うから、こんな場所に辿り着く。
学生時代の姿形で、夢の中から抜け出して、毎年まだ、ここに来ている。
「またね、ばあちゃん」
平成の途中で鬼籍に入った祖母だった。
ずっと、実際には帰省できないまま、ふるさとには帰らないままで、学生時代以降はほとんど会わないきりだった。
夢なら、いつでも会えるはず。
なのに、この景色には、夏のこの時期にしか辿り着けない。
平成最後の夏だった。
来年辿り着けるのか、分からないまま坂を下る。
入道雲からは、ほのかに雷の音が聞こえた。
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に参加したものの再録です。