物語『猫とネズミと僕』
とうとうあの野良猫は
頭がおかしくなってしまったらしい
ザーザーと雨が降っている
その野良猫とは
向かいの家の軒下に住み着いている
灰色の猫だ
これからご飯をくれるおばあさんの所へでも
行くのだろう
軒下からスルリと出てきて、北へと向かった
雨なのに珍しい
猫は雨の中、逆立ちをして歩いていった
初めは少しヨタついたものの、それからは何とも器用に進んでいった
僕は気になって、家から頭を出し頭を濡らしながら猫を目で追いかけた
はじめ、猫は頭がいかれたのかと思ったが
あれで顔は濡れないらしい
猫はそれに気が付いた
なんて頭の良いやつだ、と思った
最近見なくなった他のやつらとは一味違う猫だ
1時間もした頃には雨が止んで日が差していた
猫がどんな風に戻ってくるのか気になってワクワクしながら待っていた
ご飯をくれるおばあさんが先に農作業の格好でやって来た
今日は僕の家を通り過ぎなかったので
僕はブンブンと尻尾を振った
おばあさんはよく、野菜や果物でいっぱいになった台車を押して皆にそれを配ってくれる
僕は優しいお花の様なおばあさんが大好きだったので、いつもこうやって歓迎した
おばあさんが家に近づくと、
台車の上の布をかぶったカゴが"ガタガタ"っと揺れて、ピョンと何かが飛び出した
しっぽのちぎれた小さなネズミ
今度はカゴのあちら側からピョーンと猫が飛び出した
猫がネズミを追いかける
おばあさんは玄関のドアしか見ていない
だから驚く事もなく歩みを進めた
小さなネズミはそこらへんの木の葉や物影を使い、とても器用に猫を振り切ると、僕の家に飛び込んできた
なんと、ネズミは猫よりも賢かった
一通り家の周りを探し回った猫が振り返り僕に聞く
「アイツはどこ?見てたかい?」
僕はこう返す
「君が来た方と反対の、
南の方へ逃げていったように見えたよ」
ネズミは僕がこうやって猫を追い払うことを知っていた、賢いヤツだ
猫は、南の方は広いから無理だと諦めて
軒下に帰っていった
おばあさんも僕の主人の家から出てきて北の家に帰っていった
ただネズミだけは帰らなかった
ネズミには帰る場所がないのだった
居心地がいいと言ってそれからは僕のご飯を少し食べながらふくふくと育った
僕にはたくさんご飯をくれる主人がいる事もネズミは知っていたらしい
猫は相変わらず雨の日になると逆立ちをしているが、ネズミは小さな葉っぱを傘にした
今日は北のおばあさんがネズミのようにまんまると大きくなったイチジクを届けてくれる
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