マチグヮーで一服
那覇のマチグヮーには、いたるところにアーケードが張り巡らされています。きっかけは、今から半世紀近く前、那覇の沖映通りにスーパーマーケットの「ダイエー」が出店する計画が明らかになったことでした。
駐車場をそなえた大型ショッピングセンターがオープンすると、マチグヮーまで買い物にくるお客さんが減ってしまうのでは――そんな心配から、それぞれの通り会ごとにアーケードの整備が進められてきたのです。
アーケードに覆われているおかげで、強い陽射しが照りつけている日でも、急な雨に降られたときでも、のんびりマチグヮーをぶらつくことができます。ただ、アーケードに守られていても、長時間ぶらついていると、冷たい飲み物で一息つきたくなってきます。今回の記事では、ちょっと一服できる喫茶店を紹介したいと思います。
カフェ・パラソル
マチグヮーには、細い路地が張り巡らされていていて、初めて訪れた人からすると迷路のように感じられるかもしれません。地図に記載されている大きな通りとは別に、人ひとりが通れるくらいの抜け道があちこちにあります。そんな細い路地を抜けた先にあるのが、「カフェ・パラソル」です。
僕の場合、冬はホットコーヒー(350円)、夏はアイスコーヒー(400円)を注文することが多いですが、ずっと気になっていたのが、メニューの黒板に唯一写真付きで掲載されている黒蜜仕立てのアイスカフェラテ(450円)でした。
「このメニューはね、台湾や韓国からやってくるお客さんに好評なんだよ」と、店主のジャンさんが教えてくれました。多良間産の黒糖から精製する黒蜜と、練乳と牛乳をブレンドして注いだアイスカフェラテは、さっぱりとした甘さです。
店主のジャンさんは、コザ出身。高校卒業後はホテルマンとして働き、東京でモデルとしても活躍したジャンさんは、子育てがひと段落したタイミングで沖縄に戻ってこられました。どこかでのんびり店でもやりたいなと思っていたときに出会ったのが、このマチグヮーエリアだったそうです。
「こういう風景には馴染みがあって、面白いなと思っていたんだよね」と、ジャンさん。「コザにはゴヤ市場というのがあって、肉売り場とか魚売り場が並んで、かなり賑わっていたんだね。トタン屋根で、ちょっとバラックな感じがあって――自分の店があるあたりによく似てる。懐かしい雰囲気があって、面白いなと思っていたんだよね」
こうして2015年、現在の場所で「カフェ・パラソル」をオープン。わずか1.2坪のお店ですが、地元のお客さんだけでなく、観光客もよく訪れるのだとか。表通りの大きなカフェもいいけど、ちょっと路地裏にあるカフェで一休みしたいというお客さんが立ち寄ってくれるんじゃないかと、ジャンさんは言います。
「カフェ・パラソル」に佇んでいると、通りを行き交う知り合いや、コーヒーを飲みにきたお客さんとジャンさんが短く言葉を交わす場面によく出くわします。
「商売をしているとね、何気ない会話が大切なんだよ」と、ジャンさんは言います。「コーヒーを淹れるには、2、3分かかるわけ。そのあいだに沈黙が流れると、お客さんからすると退屈なんだね。その退屈をどうやったら埋められるか。せっかくなら楽しく仕事したいし、ちょっとした会話が何かにつながるかもしれない。他愛もないことが意外と大切なんだね。美味しいコーヒーを淹れるだけじゃなくて、それにちょっとプラスアルファを加えるのが自分の仕事だと思ってるよ」
Cafe Parasol
10:00-17:00(日曜 定休)
ザ・コーヒー・スタンド
牧志公設市場にほど近い場所にある「ザ・コーヒー・スタンド」は、スペシャルティ・コーヒーが味わえるお店です。スペシャルティ・コーヒーとは、高品質なコーヒーを持続的に生産できるような供給スタイルを目指すムーヴメントから生まれた言葉です。
「ザ・コーヒー・スタンド」でコーヒーを注文するときは、まず豆を選ぶところから始まります。常に数種類のコーヒー豆が用意されていて、それぞれA、B、Cと価格がつけられています。同じ豆でも、コーヒーの種類によって値段が変わり、それぞれ以下の価格となります。
ドリップコーヒー
A=660円、B=580円、C=500円
エスプレッソ/アメリカーノ
A=600円、B=520円、C=440円
カプチーノ、カフェ・ラテ、ソイ・ラテ
A=650円、B=570円、C=490円
バニラ・ラテ、チョコレート・ラテアーモンド・ラテ、
キャラメル・マキアート、カフェ・モカ
A=680円、B=600円、C=520円
いきなり好みの豆を選ぶのもハードルが高いですが、たとえば「アイスコーヒーでいただくには、どの豆がおすすめですか?」と尋ねると、店主の上原司さんがおすすめの豆を提案してくれます。
コンビニコーヒーが隆盛する昨今、600円という値段を「高い」と感じる方もいるかもしれません。ただ、市場界隈をぶらついていると、仕入れた豆を軒先で丁寧にハンドピックし、問題のある豆を取り除いている上原さんの姿を見かけます。コーヒーの品質に徹底してこだわる姿に触れると、600円という価格の理由がわかります。
「コーヒー豆の値段は、生産国の貧困問題とも関わってくるんですよ」と、上原さん。「消費者が納得してお金を払うことで、ちゃんと生産者にまでお金が届くサイクルが成立するようになると思うんです。僕の店なんて世界的には微々たるものですけど、美味しいコーヒーを好んで飲む人が増えたり、そこから『自分もコーヒー屋さんをやりたい』と思う人が出てきたりすれば、そのスピードに拍車がかかると思うんですよね」
「ザ・コーヒー・スタンド」では、ドリップ用のフィルターの販売もしています。棚に並んでいるフィルターには、「浅煎り用」「中深煎り用」「深煎り用」と、それぞれ表記されています。焙煎度合いによってフィルターを変えると、より一層美味しくドリップできるのだと、上原さんは教えてくれました。こだわりの詰まった「ザ・コーヒー・スタンド」には、海外から訪れるコーヒーファンも多く、お土産にフィルターを買って帰る旅行客もいるんだとか。
那覇のマチグヮーは、昔からさまざまな専門店が集積しています。「ここにくればジョートーなものが手に入るから」ということで、多くの買い物客で賑わってきた場所です。最近新しくオープンするお店の中には、「ザ・コーヒースタンド」のように、高い専門性を誇るお店もたくさんあります。
「このあたりのエリアは、自然発生的に生まれたもので、それが今も続いている場所だと思うんです」と、上原さん。「この界隈で昔から続いているお店は、ちょっとどんぶり勘定なところもあるけれど、素朴で面白い部分もある。そういう昔ながらの老舗もあれば、最近オープンしたばかりのお店もあって、それが入り混じっているのが面白いところかなという気がしますね」
THE COFFEE STAND
沖縄県那覇市松尾2丁目9-19
10:30-17:00(不定休)
コーヒースタンド小嶺
牧志公設市場の外小間には、大勢のお客さんの思い出が詰まった老舗があります。創業から70年以上を数える「コーヒースタンド小嶺」です。こちらの名物は、何と言っても冷しレモン。ここで言う「レモン」とは、シークヮーサーを指します。というのも、シークヮーサーの和名は「ヒラミレモン」なのです。
「コーヒースタンド小嶺」の創業者・小嶺重秀さんは、終戦直後の時代に、マチグヮーでジュースの路上販売を始められました。当時は自動販売機もなく、ジュースを売るお店がたくさん並んでいたそうです。やがて公設市場が整備されると、「コーヒースタンド小嶺」は市場の中に店舗を構えるようになりました。冷しレモンは、その時代から続く定番メニューです。
創業当初はアメリカ産のレモンを使っていましたが、2代目店主の小嶺勇さんが店を引き継ぐころになると、アメリカ産レモンは農薬の問題が取り沙汰されるようになります。なにか代わりになるものはないかと考えていたときに出会ったのが、シークヮーサーでした。
今でこそ観光客向けのお土産にもシークヮーサーがよく使われていますが、「当時は見向きもされていなかった」と勇さんは振り返ります。
「あの当時、たまたまシークヮーサーを口にする機会があって、『これをジュースに出来ないか』と考えたわけ。とにかく香りが良くて、頭がすっからかんになる。ただ、商品化するにしても、どこで仕入れたらいいかもわからなくてね。家の庭で趣味程度に育てている人は多いけど、業務用となるとわからんわけさ。でも、たまたま新聞を読んだら、やんばるの大宜味村のお祭りでシークヮーサーを振る舞うと書かれてあってね。すぐに大宜味村の役場に電話したんだけど、最初はそんなに大量には買えなくて、50キロだけ買ったのよ。『こんなにたくさん、何に使うの?』と言われて、お土産にパイナップルまで持たされたのを覚えてるね」
そこから研究を重ね、完成したのが現在の冷しレモンです。シークヮーサーの果汁はすべて自分で絞り、そこに加える砂糖もすべて自家製。1杯120円の冷しレモンに、勇さんの労力がたっぷり込められています。
お客さんに冷しレモンを提供するとき、勇さんは必ず「ゆっくりしていってね」と声をかけています。これはもともと、父・義秀さんが口癖のようにお客さんに語りかけていた言葉でした。「一緒に働いているうちに、親父の癖が移って、自分も言うようになったんだよね」と勇さんは言います。
ここ数年、勇さんは体調を崩されていて、お店をしばらく休業されていました。「コーヒースタンド小嶺」の冷しレモンが思い出の味になっている人は大勢いたようで、休業されているあいだ、「いつ営業再開するのか?」という問い合わせが途絶えなかったそうです。ようやく勇さんも快復され、今年の5月22日に営業を再開されました。
まだお仕事に復帰されたばかりで、来年で古希を迎えることもあり、「これからはもう、自分もゆっくり商売やっていけたら」と勇さんは話していました。行列ができてしまうと、お店を切り盛りするのが大変になってしまうので、空いている頃合いを見計らって訪ねてみてもらえたらと思います。
コーヒースタンド小嶺
沖縄県那覇市松尾2丁目10−1
12:00-18:00(木曜・第4日曜 定休)
喫茶スワン
ここまでに紹介した3軒は、オープンエアーな空間で一息つけるお店でした。夏の暑い季節に、冷房のきいた喫茶店で一休みしたいというときには、「喫茶スワン」を訪ねます。昔ながらの喫茶店ならではの佇まいで、全席喫煙可となっています。
注意して歩いていなければ通り過ぎてしまいそうな入り口から階段を上がると、青色の壁紙が張り巡らされ、照明を落とした落ち着いた雰囲気の空間が広がっています。中央に置かれた水槽の中を熱帯魚が泳いでいて、その姿が涼しげで安らぎます。
「喫茶スワン」は12時オープンとあって、界隈で働く人たちがお昼ごはんを平らげている姿もよく見かけます。カツサンド(850円)にナポリタン(800円)、生姜焼き定食(800円)にカツカレー(800円)など、食べ物のメニューも豊富です。
ただ、「喫茶スワン」は店主・節子さんがひとりで切り盛りされているので、混み合う時間帯だと料理の提供に時間がかかるかと思います。もしも食事を注文する場合は、時間に余裕を持って、節子さんのリズムに合わせて過ごすぐらいの心持ちでお店を訪ねてもらえたらと思います。
「喫茶スワン」を営む節子さんは、熊本出身。節子さんは大阪で就職し、そこで沖縄出身の男性と出会い、結婚を機に沖縄に移り住みました。沖縄の復帰からちょうど1年後、1973年5月15日に「喫茶スワン」を開業。夫が若くして亡くなってからは、お客さんに励まされながら、ひとりで「喫茶スワン」を切り盛りしてこられました。
僕が取材をさせてもらった2019年のころ、「あちこち身体にガタが来てるんだけど、もう少しで創業50年になるから、それまでは続けようかねえ」と節子さんはおっしゃっていました。あれから4年の月日が流れ、今年の5月15日に、「喫茶スワン」は創業50周年を迎えられました。「あと何年続けられるかわからないけど、続けられるうちは」と、節子さんは今日もお店に立たれています。
お店というのは、永遠に続くものではありません。どんな老舗も、やがて閉店の時を迎えます。この5年間、マチグヮーエリアに限ってみても、数えきれないほどのお店が閉店しました。利用客のひとりとして、なくなるとわかってから惜しむのではなく、通えるうちになるべく通っておこうと、閉店を知らせる貼り紙を見かけるたびに思います。
ところで、こうして記事の中で紹介しているのは、過去に取材させてもらったお店に限っていますが、市場界隈や、その近隣には喫茶店がたくさんあります。桜坂劇場という映画館には「さんご座キッチン」が併設されていて、誰かと待ち合わせをするときにはここを利用することもあります(館内にはやちむんもたくさん並んでいます)。あるいは、天気の良い日であれば珈琲屋台「ひばり屋」に出かけて、のんびり空を見上げながらアイスコーヒーを飲むこともあります。
マチグヮーには迷路のように路地が張り巡らされていて、あえて地図を見ずに、迷いながらぶらついてみるのも愉しみのひとつだと思います。この記事を参考にしていただきつつ、五感を働かせながら、思い思いにマチグヮーを散策してもらえたら嬉しいです。
今回紹介した4軒は、この5年のあいだに取材させていただいたお店です。マチグヮーの歴史と今とを記録しようと、毎月那覇に通って、2019年に『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』を、2023年の春に『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』をそれぞれ出版しました。もし今回の記事を通じて興味を持っていただけたら、ぜひお手に取ってもらえると嬉しいです。