Kiss the Girl !
「…なんか怒ってる?」
お互い忙しい日が続き、久しぶりに会えたというのに彼の様子がおかしかった。笑ってくれないし、あまり目を見てくれない。せっかく着てきた新しいワンピースにも気づいてもらえなかった。こんなことは初めてで正直戸惑う。離れてる間に気持ちも離れちゃった?なんて嫌な予感も脳裏をよぎる。
「別に、怒ってないよ」
明らかに怒ってるじゃん、って言いたくても言えない。なんだか気まずい雰囲気。嫌だなぁ、せっかく会えたのに。話したいことも沢山あったはずなのに、全然思い浮かばなくなってしまった。
お互い何も喋らない静かな空間が嫌で、おもむろにテレビをつける。休日のお昼時、お笑い芸人がバラエティ番組を盛り上げている。テレビの中の笑い声だけが明るい。
「…俺と会えない間さ、どこで何してたの?」
彼は唐突に言った。
「んー…仕事ばっかりだなあ。大きいプロジェクトに関わってたから…」
「じゃあ、何隠してるの?」
「えっ?」
次の瞬間、わたしはソファに押し倒されて仰向けになっていた。勢いあまってソファが軋む。至近距離に彼の顔があって、その鋭い眼差しに怯んだ。
「隠してるでしょ?首元にコンシーラー使ってるとか明らかに意図的」
「あ…」
ようやく理解した。
「キスマークなんでしょ?誰とヤッたの?俺じゃ足りない?確かに寂しい思いさせて悪かったとは思うけど、」
「……ふふっ、」
真剣な表情で攻め立てられたわたしは、耐えきれなくなって思わず笑ってしまった。彼はますます膨れている。
「何がおかしいの」
「これ、キスマーク隠してるんじゃないよ?」
「えっ…」
拍子抜けしたのは彼の方で、これ以上ないくらい目を丸くさせている。コンシーラーに気づくあたり流石だけど、早とちりしすぎ。
「じゃあ、なんで」
「蚊に刺されちゃって。赤くなったからコンシーラーで誤魔化してた。」
「……えぇぇ?」
拍子抜けした彼が、そのまま私の胸元に顔を埋める。心地よい重みと共に、久しぶりに感じる彼の香り。そんなに私のこと大事に思ってくれてたのかな、って、よくよく考えたらこっちも嬉しくなった。
「早く言ってよ…すげえ恥ずかしいじゃん俺…」
「ごめん、妬いてくれたんだなぁって思ったらちょっと嬉しくて」
「もぉー…」
「ごめんってばー。機嫌なおして?」
耳まで赤くなっている彼の頭をゆっくり撫でる。髪の毛伸びたね、なんて言いながら触れ合える距離が愛おしい。
彼の指がコンシーラーのあたりをなぞった。
「んっ…、くすぐったい」
「…お仕置き」
首元から頬、おでこ、瞼、、、
丁寧にキスを降らされて、私はされるがまま身を任せた。唇を触れ合わせたいのに、待っても待っても唇にキスをくれない。ずるい。
「ねぇ、くち、」
「だーめ。悪い子にはお預け。」
「…悪い子じゃな…やっ…!ちょっと…!」
今度こそ首元に吸い付かれ、完全にキスマークを付けられた。信じられない。こんな場所どうやって隠せばいいんだろう。
「見えちゃうじゃん…!」
「結衣は俺のだから。見せつけてやればいいの。」
彼は満足げに微笑む。
あー、笑ってくれた。
お互いに見つめ合って、どちらからともなく笑って。
キスマークを付けた張本人ではあるのだけど、やがて触れ合った柔らかな唇の感触は、何度キスを繰り返しても愛おしくて仕方なかった。