キスからはじめよう、
「そろそろ帰るかあ」
「ですね、」
お会計お願いしまーす、と言いながら彼が席を立つ。楽しい時間というのはあっという間で、気づけば終電が近づいていた。飲みなれないワインを飲んで、何だか私もふわふわ。
久しぶりに先輩と2人だけで飲みに行く流れになって、1軒目は居酒屋、2軒目でちょっとおしゃれなワインバーへ入った。周りから見たら付き合ってるように見えるかなあ、なんて浮かれたことを考えたりして。
「先輩どっちから帰るんですか?」
「んー、柚ちゃんどっちだっけ」
「私こっちです、」
「じゃ俺もこっちで」
どういうことー?と笑って軽口を叩きつつ、同じ方向へ歩き出す。
ルックス抜群のいわゆる3K男子で、誰からも愛されるキャラクター。学生時代に出会っていたら多分友達にはなれなかった、いわゆるスクールカースト最上層の人だと思う。
「このまま柚ちゃんち泊まっちゃおっかなあ」
「いつもそういうこと言うー!」
「たしかベッド1つだよね」
「そりゃそうですよ、1人暮らしだし」
「一緒に寝るしかないな」
「ですね~」
あははは、と笑いながら答えてみる。
大好きな、仕事に関しても本当に尊敬する先輩だから、間違ってもそういう関係にはなれないな、と常々思う。私は一度抱かれてしまえば、きっと骨抜きにされちゃうタイプだし。
けど、いつか誰かが言っていた。
仮にその先輩が、自分の身近な人とそういう関係になったらどう思う?嫉妬しない?
それに真っ直ぐ答えられなかったのも事実だった。私はきっと、心のどこかで先輩のことが好きで、独り占めしちゃいたいって思ってる。
最近ハマっているというお笑い芸人の真似をする彼を見て、爆笑しているうちに家についてしまった。真剣に仕事の話をするのも勉強になるし楽しいけど、こういうくだらない話も本当に楽しい、
「着きました~」
「柚ちゃん今日酔ってるね」
「酔ってます、かなり」
「かわいい」
「はいはい、おつかれさまでし――」
あれ?
一瞬のことで理解が追い付かない、
唇に、柔らかい感触だけが残っていた。
「えっと…俺は割とマジなんだけどな」
あ、そうか、今この人わたしにキスしたのか。
呆気に取られて返す言葉がでてこなかった。
代わりに、私からもう一度キス。
わざとリップ音が鳴るようにしてみたら、彼はブレーキを外したように深いキスを求めてきた。応えるのも大変な勢いだけど、嫌な気持ちはしない。むしろ、前の彼氏と別れて以来久しぶりのキスで、身体が素直に反応しているのがわかった。
ああ、オートロックを開ける手前でこんな破廉恥な。
どこかで冷静な自分が嘆いている。
「…部屋、あがっていい?」
キスの合間に彼が言った。
「いいんじゃないですか」
我ながら全く可愛くない返事。
でも、それを聞いた彼はもう一度キスをして、かわいい、と私の耳元で囁く。
シングルベッドに2人きり。
私はもう、後戻りできなくなってしまった。