熱い気持ちやめないで
自分の部屋に帰り着くなり、コートとマフラーを脱ぎ捨ててベッドにもぐりこんだ。買ってきたスポーツドリンクのパッケージが、青色で寒さに拍車をかける。一方で、冷えたそれが胃に流れ込む感覚には心地良さすらおぼえ、これは酷い風邪をひいた、と思った。視界がぐるぐる回るような頭痛と、酷い寒気と節々の痛み。口の中が乾いて気持ちが悪い。何か手を打たないと、とぼんやりわかっていても、身体が言うことをきかない。だるさから逃れるように、目を閉じて横になることしかできなかった。
いつの間にか眠りに落ちていたようで、時計は深夜0時を回ったところだった。相変わらず頭がガンガンする。だめだ、動けない。なんなら症状は酷くなっている。考えるよりも先にスマホを手に取っていた。
「・・・もしもし?」
「ごめん、夜中に」
「ううん、全然平気。どうかした?」
「風邪ひいてて・・・動けない、」
目を開けると、遮光カーテンの隙間から漏れる朝日が眩しかった。相変わらずの寒気と頭痛。苦し紛れに寝がえりをうつと、額から何かが落ちた。水で湿らせたタオルだと認識して彼女の存在を思い出す。視線をうつすと、ベッドの隅に顔を突っ伏して静かに寝息をたてていた。
あ・・・かわいい、
化粧を落としてあどけなさの残る寝顔に、思わずドキッとさせられた。昨日どうやって彼女を呼んだのかさえ記憶が定かじゃない。けど、触れられる距離に彼女がいてくれる事実だけで、幾分か気持ちが楽になる。
「ん・・・」
「芽衣・・・?」
起きかけた彼女に声をかける。目を開けて、ハッとしたように顔を上げた芽衣は、両手で顔を覆った。
「ごめん、あたしいつの間に・・・」
「ん、おはよ。」
どうやら、何か気の利いたことが言えるほど元気ではないらしい。熱で浮かされた脳は反射的にしか動かない。
「具合どう?まだきつい?」
「昨日よりは全然、」
答えながら、額に手の感触がヒヤリ。彼女の華奢な指先が愛おしい。彼女はそのまま俺の頬にも触れて、まだ熱高いね、って心配そうな声で言った。
「なんか食べれそう?まだしんどいかな、」
「ん・・・ごめん、まだ食欲ない、」
「そうだよね、しんどいよね・・・よしよし、」
そう言って彼女は、まるで子どもをあやすみたいに、優しい手つきで俺の頭を撫でた。
あぁ、適わない。こいつには一生。
タオル替えてくるね、と言ってベッドを離れようとする彼女に思わず手を伸ばす。掴んだ力は思いのほか強かったようで、芽衣は驚いた表情をした。
「まーくん?」
「ごめん、なんか、」
言い淀んだ俺を見て、彼女はもう一度視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。眉尻が下がったその表情がどうしようもなく俺の心をつかむ。
「どしたー?きつい?」
「ごめん・・・なんか甘えたくて、」
我ながらとんでもないことを口走ったと思う、けど、熱でおかしくなってなきゃ言えないから、ちょっとやけになって。今なら許してもらえるかな、って、ほろっとこぼれ出た本音。
彼女は静かに微笑んで、俺の手をギュッと握った。
「いくらでも甘えていいよ。・・・まーくん、いつも大人すぎるんだもん。」
思いがけない言葉に何も返せないでいると、彼女は笑って、今度こそタオルを取り替えに行った。
仰向けになって目を閉じる。頬が火照るのも鼓動が早まっているのも、どうやら風邪のせいだけでは無いようだった。