20191130-アイキャッチ

心のトキメキ~戦場のリアリストⅡ~

”アガる瞬間が理屈抜き なら人の感性は陸続き”
ICE BAHN「戦場のリアリストⅡ」

人生で「あのときはときいたよォ!ときめいたったらないねぇ!」っていう瞬間がぱっと思い浮かぶ人ってどのくらいいてるんだろうか。

前の「エモさ」の話にも通じるところがあると思うんだけど、理屈抜きで何らかの衝撃を受けた瞬間が誰しもあると思う。

何かを好きになった瞬間。例えば、オタクになった瞬間とか。明確に人生が変わった瞬間ってなんだかんだ覚えてる気がする。

必ずしも明確に人生に変化があったり、進路に影響してたりすることはないだろうけど、ときめいた瞬間がその人の人生やその人自身に何らかの大きな影響を与えてるのは間違いないと思う。

ふと思ったんだけど、仕事にそのときめきを感じられたら最強ではないだろうか。自分がその仕事をする個人的な喜びとか理由とか。もしくは単純に”アガる”瞬間とか。

別に仕事の社会的価値なんかを個人で見つけたり意識する必要って全くないと思うけれど、自分自身がその仕事でアガる瞬間を知ることってめちゃくちゃ大事じゃないかなぁと最近思ってる。

どんな小さいことでもいいし、どんなちょっとした瞬間でも、自分にとって気持ちよくて自分が好きな瞬間ならそれがまさしく仕事をする理由じゃないかと。

例えばあなたが「そんな瞬間、仕事になくたって全然平気だぜ!」というタイプならそれはすごく強いと思う。仕事を「必要なもの」と割り切ってちゃんと向き合えてるってめちゃくちゃ強いことだと思う。

だけど、自分みたいな落ち着きのないタイプの人間はどうしても、人生の大半を占める仕事に喜びや楽しさが欲しくなってしまう。で、やっぱり仕事が楽しい人のほうが俺は楽しそうに見える。

ただ、趣味とか好きなものに関してならアガる瞬間が見つかるのに、仕事となるととたんに楽しみを見いだせないこともあるよなぁとふと思って。じゃあどういう違いがあるのかって言うと、結局のところそれに挑む姿勢とか気持ちだと思う。

最初から「どうせ仕事だし楽しいことなんかありまへんわ」という気持ちでいてるとどうしても「楽しいことは見つからず、嫌なことはより嫌に」見えるんだろうなと。

そう考えると、何事にもとりあえず1回必死になれるって人生を生きる上ですごいトクな正確なのかもしれないなぁと思った。だって、1回必死で全部やってみれば一つくらい楽しい瞬間が見つかるもの。

仕事を仕事と諦めなければ嫌なものも楽しくなるかもしれないし、「とりあえず1回頑張っとく」って自分の人生においてめちゃくちゃ大事なのかもしれないなーというお話でした。

Wu-Tang Clanのときみたいに絡めたいなと思ったけど、全然ICE BAHN関係ない記事になったな…。とりあえずみんなで越冬しようぜ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?