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火葬場のボタン
※ホラーなお話などではありません
けれど私がトラウマレベルになるほど怖かったです。
私の父方の祖母が亡くなった時のお話。
それまで私はいろんな親戚の葬式に出てきた。
幼い頃から大人になるまで。
なのである程度の葬式のことはなんとなく分かっていた。
だからこそ、衝撃すぎた。
県外に住んでいた父方の祖父が亡くなり、
残された祖母は実家の近くの施設に入ることになった。
私が実家を出た後だったので、私は大学とバイトの間を縫って暇を見つけて
出来るだけ実家に帰っては、祖母の入居している施設まで会いに行っていた。
しかし、祖母も亡くなってしまった。
祖父とおなじCOPDという肺の病気だ。
調べたら、喫煙者に多い病気だそうで、祖父母は一切喫煙などしていなかったはずだが……。
それはさておき。
祖母が亡くなったことで、地元で初めて葬式を上げることになった。
お通夜が終わり、火葬場へ着き、あれやこれやと済ませ、
お棺が、火葬炉の中へ入り、扉が閉まった。
わかっていてもつらいな、と思っていた矢先だった。
火葬場のスタッフの方が
「それでは喪主様(私の父)、お心の準備が出来ましたらこちらの赤いボタンを押してくださいませ」
などと告げた。
赤いボタン。
確かに、火葬炉の扉の横にある。
しかし、それを、押せと?言ったのか?
今までの葬式の記憶を辿ってもそんな場面は見た事がなかった。
火葬炉の扉が閉まり、皆で手を合わせて、別室で待機……
これが私の知る流れだった。
ボタンを押す
その行為がどういうことを意味するのかくらい、瞬時に理解出来た。
きっとその場の全員が。
わたしは足元がぐらぐら揺れている感じがした
父の後ろ姿しか見えなかったが、長く、長く、手を合わせていた。
私にはそれが、躊躇われている時間にしか感じられず、
もうやめて!!と叫び出したい気持ちだった。
その場から逃げ出したかった。
心の準備ってなんだ?そんなもの出来るわけなくないか?
父が意を決して、ボタンを押した。
ゴォォオオオオ……と火葬炉の音が響いて、スタッフの方が何かを言っていたけれど、わたしはその場に座り込んで泣きじゃくった。
祖母が亡くなったことではない涙が出るなどありえないと思っていたのに、なんて、なんて残酷なことをさせるのだろう
どのくらいだったかわからないが私はひたすらその場で泣いて泣いて泣いて過呼吸を起こして、待合室へ行くまで結構な時間を要した。
私が立ち上がる頃には、私を宥めてくれていた従姉弟と、従姉弟のお母さんだけだった。
そもそも、何故愛する相手の遺体を燃やしてしまわなければならないのだろうか?
いろいろと許されるなら私はホルマリン漬けにでもして、生前の姿を保たせていたいなどと考えているのだけれど。
そして火葬を待つ間、全員が重い空気だった。
押し黙るしか出来ないような、そんな空気。
そもそも葬式で明るい空気というのがおかしいけれど、
今まで私が出席したお葬式の大半が天寿を全うした結果のお葬式だったため、
待合室の空気も悲しみや寂しさがありつつも親戚同士の会話があったものだ。
特に父など意気消沈している様子で、スマホなども触らずぼんやり外を見ていた。
従姉弟の姉の方は子どもが生まれてすぐとのことで出席ができなかったのだが、
弟(といっても私より歳上)が、端っこで一人座っている私のところへ来て
「なあ、さっきのさ……おっちゃん(私の父)が希望したんかな」
と、こっそり聞いてきた。
私も一瞬そう考えたけれど、父がわざわざそのようなことは希望しないと思うと告げると
「だよな。あんまりにも残酷すぎる。おっちゃんが可哀想すぎるしなにより、俺あれが一番ショック受けとる。おっちゃんのがもっとキとるよね」
などと会話していた。
そんなこんなで葬儀が終わり、帰りの車の中。
私の父母、私、従姉弟、私の妹で帰宅しているところ。
(正確には従姉弟たちは遠方から来ているためホテルまで送るところ)
車内で私は思い切って、ずっと黙っている父に聞いた。
「父さん、あの、火葬のときのボタンって…」
私がそこまで言っただけで父はその先を察したかのように
「うん、父さんもびっくりやった」
そこで私の妹が
「えっ!?そういう打ち合わせが葬儀場の人とあった訳ちゃうの!?」
驚きの声を上げると
「ちゃうちゃうちゃう。全然そんなんなくって。父さんも今までいろんな葬儀出てきたけどあんなん聞いたことない。火葬の段階になっていきなりあんなこと言われたから、父さんも動揺して……」
車内が明らかに父への同情の空気で満ちた。
運転していた母も絶句しているようだった。
そこからは葬儀への文句(本当にすみません。葬儀場の人は悪くない)が飛び交った。
「あんなん残酷すぎる」「事前に教えてくれるなり、聞いてくれたらいいのに」などなど。
誰もがその光景を始めて見たようで、全員の動揺が協調されていた。
(動揺と協調で韻が踏めますね)
後ほど、葬儀に参加していた母方の祖父母に電話で聞いてみたところ
「田舎の方やとたまにあるんや。喪主ってのは故人に近しい人がなるやろ?せやからな、自分が押したいって人もおるんや。最近はそないな文化や地域も減っとったけどな…。〇〇(蓮水の地元というか葬儀場)のあたりは田舎の方やったし、そういうのが当たり前の地域やったんやろうなぁ」
自分でも調べたけれど、あのボタンを押す=火葬が始まるという訳ではないらしいけれど、
(準備が整ったという意味でのボタン?らしい?)
どちらにせよ同じ意味だと思った。
当時を思い出すと本当に頭を抱える。
あのボタンは恐らくあの場の全員、特に父には強く深い傷となったのではないだろうか。
少なくとも私にとっては地獄のような思い出になってしまった。
私がもし火葬される際にはそのような葬儀場でないことを祈りたいし、
誰にもそんなボタンを押させたくない。
自分ももちろん押したくはない。
けれども葬儀場って選べるんだろうか?
というか葬儀場と書いてるけど火葬場か???
葬式って突然のことだし、そこまで事前に確認して選べるもんなんだろうか……
あまりその辺りはわからないけれども、とても怖い体験でした。
皆様はそういった体験ありますか?
結構珍しい体験だったんだろうか。
自分の地域だとあるよ~とか
そういうの聞いたことない!とかあれば
コメントなどくださると嬉しいです。
暗い重い話ですみません。
それではまたいつか。