Nice Album Avenue #1 Steppin' Out / KIRINJI
2023年様々なきっかけで出会い耳にした素晴らしい楽曲とそのエピソード紹介する、Nice Song Avenueという企画、、、
の外伝です!素晴らしい「アルバム」とそのエピソードを紹介するNice Album Avenueとして生まれ変わりました(ということにします)
さて今回紹介するのは
KIRINJI『Steppin' Out』
です!
かねてより愛聴しておりますKIRINJI。前作『Crepuscular』からおよそ2年という待望作、そして久々の全国バンドツアー!
ということでリリースからおよそ3ヶ月半が経過し聴きに聴きまくった今、感じてきたことを改めて自分の言葉で残しておこうと思います。
はじめに:
『Steppin' Out』はKIRINJI(キリンジ)としては16枚目、現在の堀込高樹さんのソロプロジェクトとしては2枚目のフルアルバム。
シングル『Rainy Runway』『nestling』、および先行配信2曲を含む全9曲から成る作品で、前作『Crepuscular』がコロナ禍を色濃く映した作品に対し、今作は高樹さん曰く「非常にポジティブ。少し高めの平熱のような」作品となっています。
一通り聴いた感想として感じたのは確かにポジティブ。ただ高樹さんの示すところのポジティブということは何か、について深く考えることになりました。それは後半で色々と書いていきます。
そして高樹さんならではの表現、色とりどりなサウンド、参加されたミュージシャンの表情豊かな演奏を想像して楽しむ、といったあたりはいつも通りでしょうか。久々のフルアルバム、存分に楽しませて頂きました。
それではここから1曲ずつのご紹介です。
M1. Runner's High
新しい1日が訪れるワクワク感のようなイントロはまさにアルバムの幕開けにふさわしく、そして移りゆく世の中を爽やかに歌い上げるメロディー、さらにアウトロも含めると6分超えの大作がいきなりやってきます。
デモをある程度作り上げた段階で「この気持ちがふつふつと湧き上がるのはランニングだろう」と高樹さんも想起されこのタイトルがついたそう。ご本人はランニングなどろくにしたことないのにと自身を揶揄していらっしゃいますが、じゃあなぜこんなドンピシャな曲が作れてしまうんだ、脱帽です。
6分超、というのはKIRINJI(キリンジ)を振り返ってもそうそうなく、かつこの時代に長編曲をリリースするというのは容易なことではないと思います。ですがこの曲は冗長な印象を全く受けずあっという間に6分が過ぎます。それは本編の構成が1,2番で終わりいわゆるCメロ、ラスサビを挟まないところにもあるかもしれません。
個人的には特にアウトロの、一度ドラムが止まり再度ビートを刻み始めるところが好きです。「走り切った、いや、まだ走れる!」という、ゴールテープを切ってもなおそのままのスピードで駆け抜けられるような気持ちが表れたサウンド。さあこのアルバムどうなるんだ!そんなワクワク感を存分に引き出してくれます。
M2. nestling
そのRunner's Highで駆け抜けた勢いそのままに、卵の殻を破るような柔らかな破裂音から始まるこの曲。2023年4月に配信シングルという形でリリースされ、テレビ東京ドラマ「かしましめし」の主題歌となりました。ひとつこの曲の好きなエピソードとして、ドラマ主題歌の話があった際、話があってから曲を作り始めるのではなく元々作成していたデモを出したらそれがハマった、という話があります。まさに相思相愛な曲の生まれ方で素敵だなと思いました。
ドラマ主題歌にぴったりというのはひとつ、曲の開始から1分足らずでサビに突入するというところがあるでしょう。そして軽やかなサウンドに明瞭な展開。高樹さんはレギュラーラジオもやっているのですが、お便りの中に「この曲でエアロビクスをやっています」というものがあり深く頷いてしまいました。エクササイズにぴったりなテンポ感なのも心地良いです。笑
特筆すべきは参加ミュージシャンで、Ba. 高木祥太、Drs. So Kanno という両者とも新進気鋭のバンド、BREIMENからの参加です。加えてエンジニアもBREIMENチームから佐々木優氏が参加、と非常に若い面々で作り上げられた1曲。「あれこれとお願いするよりも、若い方々にお願いすると何も言わなくてもそういった今の雰囲気を作り出してくれる」という高樹さんの考えもあってのこのメンバー達。曲を生み出す過程も非常に素敵だなと思いました。
迷える若者達に、その世の中のドライさも受け入れながら寄り添う1曲。平日一日ひと仕事を終えて、帰路に向かう人々でひしめくオフィス街を抜け闊歩し自分の家へ向かう、それはまるで鳥が巣に帰るような、会社員から自分という人に戻りに向かう時に聴くのがとても心地よいです。私個人2023年すべての音楽の中で最も再生しているナンバーです。
M3. 指先ひとつで
ここからはアルバム曲が続きます。つまりはアルバムの中で初めて表現される者たち。曲タイトルは先に発表されており、色々と想起をしたものです。
高樹さんの作る楽曲にはだいたい、私はいつも最初の歌詞にがっつり心を掴まれる傾向があります。そしてこの曲の歌い出しはなんと「中指立てないで」という!なんだなんだ!と思っていると、その中指と親指を擦り合わせてパチンと鳴らしたり、親指と人差し指でハートを作ったり(!)、素敵な世界が広がっていき案の定引き込まれてしまいました。
ところで本アルバムですが、Steppin' Out以外にもこの曲の中で出てくる「素敵な予感」というのもタイトルの候補にあったようです。それはそれで美しいなあと思ったりもしました。(オチとしては、アートワークに合うのがSteppin' Outだった、とのこと)
初めて聴いて思ったのは「みんなのうたに似合うなあ」と。
後ろ向きな気持ちに対して軽やかな言葉たちで優しく背中を押してくれる。厚かましくもそっけなくもないこの絶妙な温度感が、前後にどんなテンションの番組があっても独立してその空気感を守り抜く「みんなのうた」に通ずるものを感じました。それほどに人の心にすんなりと入ってきてくれる。
ただそれだけではなく、終わりは少しファンキーに、というところが素敵な遊び心。ライブでどう化けるのか楽しみな1曲です。
M4. 説得
個人的に高樹さんの作る漢字2文字の楽曲(例: 悪玉、嫉妬、絶交、雑務…etc.)は猛烈に魅力的でキケン、と思っていますが今作も例外に漏れず、でした。
まず視点がまさかの説得「される側」の詞だというところに驚き。普通「人を説得するのは大変」とかそうなるはずのところ、「私を説き伏せて」という目線で曲の世界観を広げていくなんて、、、脱帽です(2回目)
毎度毎度高樹さんには、「あるある」と表現すると安っぽくなるけれど日常で避けては通れない感情を巧みに表現されるなあと驚かされます。自分が動くためのきっかけとして、相手の説得が納得のいくものだと自分自身が腑に落ちているかどうか、、、といった状況ってあるなあと思いました。
説得しているということは、説得されている人がいるということ。説得とは人と人のコミュニケーションの一部なのだと。誰かとの心のすれ違いをなんとなく感じた時はこの曲が頭に浮かぶようになり、聴くとあの人の言っていたことに納得する自分がいたり。高樹さんの書く曲はいつも心を広げてくれるなと思います。
M5. ほのめかし(feat. SE SO NEON)
ここ数作で恒例となってきた共作ナンバー。今回は韓国の人気ユニット "SE SO NEON(セソニョン)" との作品です。
とあるきっかけで出会うことになったKIRINJIと SE SO NEON。この時に、手ぶらでいくのはなあと高樹さんは思ったそうです。確かにビジネスのシーンでもありますよね。初めての方にお会いするのであれば何か菓子折りでも、と。
そこで高樹さんはSE SO NEONとの邂逅に際し、手土産代わりにこの曲を持ち寄り共作はどうかと持ち掛けたのです。カッコよすぎる。
「ほのめかすから察してくれ」
曲中で何度も繰り返されるこのフレーズ。実は先述のラジオの中でそのようなニュアンスに触れるシーンがありました。先ほどの『説得』もそうですが、日常でふとした瞬間に訪れる感情やコミュニケーションをこんなにもさりげなく楽曲で表現できるものなのか、、、
そして柔らかな飛沫をあげながらゆっくりと海面に沈んでいくサブマリンようなサウンドとSE SO NEON ソユンの歌う韓国語詞。さらに表現のこだわりポイントとして挙げられるドラムの「跳ね」は、タイトな音色にすることでメロウなボーカルとの対比が上手く表現されているなあと思いました。
空港の動く歩道の上でボーッと歩みを進める時のような、人生少しスローモーションな景色になる瞬間にピッタリの曲です。
M6. seven/four
ここ最近のKIRINJIのアルバムには恒例となったインストナンバー。前作『Crepuscular』のインスト作『ブロッコロロマネスコ』は木琴をフューチャーしたのに対し、この楽曲ではサックスが全面に押し出されています。そしてタイトルのごとく7/4拍子を基調にしたサウンド。ある種アルバムにおけるinterludeの役割を果たしています。ただただ変拍子の空間でフワフワと泳ぐ、それが気持ち良い。
少し話は逸れますが、2018年リリースのアルバム『愛をあるだけ、すべて』にも『ペーパープレーン』というインスト曲が収録されていました。当時アルバムツアーはなくBillboard TOKYOで行われたライブが実質お披露目の場だったのですが、そのインスト曲を初っ端に行い同アルバム内のキラーチューン『時間がない』へ繋ぐ、というとんでもないミラクルな組み合わせに圧倒された、という思い出があります。
ツアーではおそらくアルバム曲順では演奏されないはず、、、この曲がライブのどこでどんな表現がされるか、今から楽しみです。
M7. I♡歌舞伎町
このあたりから雰囲気がガラっと変わります。少しノイズのかかったイントロから重量感のあるドラムとベース、それらをかわすように織り交ぜられる管楽器とシンセの音色が印象的。ちなみにこのドラムとベースはnestlingと同じ、BREIMENコンビによる演奏です。この人たちの演奏の幅たるや。
タイトルのI♡歌舞伎町というのは新宿歌舞伎町に実際にあるネオンです。その歌舞伎町周辺に集まる、最近少し話題の「トー横キッズ」について高樹さんが感じたことというのがこの曲で表現されています。特殊な事情から新宿歌舞伎町に集う子ども達を見て哀れに思う大人がいるとして、その大人は一体どの立場で哀れんでいるのだろう?
『説得』と同じくやや特殊な視点がとても心に突き刺さります。子ども達に向けられていたスポットは気付いたら大人に向いている。「この状況は大人が作り出した面もある」と高樹さんも自身の考えを述べていました。大人たちは決して他人事でないぞ、あなたたちもだよ、と照射の向きがゆるやかに広がり変わっていく様が小気味よいです。
冒頭で触れた"ポジティブ"という言葉、このアルバムにおいて示す意味というのは一筋縄ではなかったのだなとこのあたりから薄々と感じていくことになります。
M8. 不恰好な星座
前曲で大きく変わった雰囲気そのままに、不気味なリズムとややアップテンポのビートサウンドで幕を開けていきます。2023年初頭からこの年は偉大な音楽家が次々とこの世を去っていきました。そんな状況を受けて作られたナンバーです。
ところで弔いをこめた曲でありながら、正直サウンドは優しくないですししメロディーもメロウではありません。ややハイテンポなところからもどこかドライな印象を受けざるを得ないところがとても印象的でした。亡くなった人は帰ってくるわけではない。受け入れて進まなければならない。それを押し付けるのではなく淡々とメロディーを進めていくことで自然と受け入れられていくのは逆に安心するものでした。
そういえば堀込高樹という人は、ゲームの音楽を作ってたんだなあと思わされるところがこの曲には感じとれました。(高樹さんはデビュー前はナムコに勤められていました。) ある特定の起伏のないシチュエーション、ゲームでいうところの情景を表すループするBGMのような独特の表現力が顔を覗かせる楽曲です。ショッキングなニュースで目の前の景色がモノクロに見えた時に毅然と流れる音楽として、今後も人生の端々で欠かせなくなる楽曲であることは間違いありません。
M9. Rainy Runway
前2曲でシビアな空気に包まれて迎える、気付けばアルバムのラストナンバー。この1曲だけ2022年6月にリリースと他曲に比べ早くに誕生し、それにしてこのアルバムの核となる1曲です。「Steppin' Out」というアルバムタイトルはこの曲内の歌詞でも出てきます。
元は「雨の日に家にこもってなんかないで外に出ようよ」というメッセージがこめられた一曲でしたが、コロナ禍がひと段落したという当時の状況も相まって、いつしかそんな印象を持って聴くリスナーも増えてきたそう。実際2022年のKIRINJIはこの1曲のリリースでありながらフェスに次々と出演し、弾き語りツアー、ワンマン、TAHITI 80との対バンなど積極的にライブを行ってきており、そんなコロナ禍からの夜明けの1曲と捉えられるのも頷けます。
そんな世の中に合わせて楽曲の印象が聴き手によりゆるやかに変化していく様を高樹さんも感じられていたうえで、「それもいいかな」とおっしゃっていた部分はこの曲のエピソードとしてとても印象深く残っています。そんな楽曲が核となったアルバムが作成されたことも、本当にとても嬉しく思っています。
最初の音はなんでしょう。雨の音、靴の音?窓を叩く音かなとも思ったりしました。音数の少ない柔らかいサウンドたちで刻むリズミカルなサウンドで始まり、サビでは管楽器隊が加わってくるのもどこかポジティブな雰囲気を感じます。このホーンアレンジを担ったのはバンド時代のKIRINJI終盤によくサポート参加されていたsugarbeans氏。ソロプロジェクトとなった際には「ゆるやかな音楽集団」と自身を表現されていた高樹さん。色んなミュージシャンが参加されるようになった今の姿もとても愛着がわいています。
アルバムがリリースされるまで単体で聴き続けてきたこの曲を、改めてアルバムを通して聴くとより前向きな気持ちになりました。ここまでの8曲を通して明暗悲喜こもごもで少し心がくたびれていたかもしれません。日常生活の中でも、楽しい事悲しい事、どちらも訪れるのが人生というもののはず。そんな心の振れ幅が大きい時に優しく寄り添う1曲です。アルバムがこの曲で終わることができて、本当によかった。
おわりに:
ここまでアルバム各ナンバーを私自身の感想も含め紹介させていただきましたが最後に、冒頭に少し触れた "ポジティブ" について。
一般的にポジティブとは明るい様、テンションの高い様、などまず思い浮かぶのは笑顔や喜びといったような言葉かと思います。ただこのアルバムの、特に後半の楽曲たちは必ずしもこの一般的なポジティブという表現には当てはまらないのかもしれません。社会の忸怩たる面や人生避けて通れない悲しい別れなど、心理的に厳しいものをつきつける曲たちがありました。
そこで私が感じたこととしては、このアルバムで表現されるところの「ポジティブ」、それは楽しいも悲しいも含めた、心情的に感度が高い状態を示しているのではないかな、ということです。人生常に楽しいということはなくて、心情的に感度が高い状態では楽しいことも楽しいと思える一方、悲しいことにもより深く悲しめる、、、あらゆる方向に対して感受性が豊かになる、その面を指してポジティブ、と表現するのが適切かなと思いました。
そしてそれはKIRINJIというものにも言えるのかなと。
兄弟時代、バンド時代と経て今のKIRINJIがあるわけですが、弟泰行さんの脱退、バンド時代にもメンバーの脱退や緊急事態宣言により全国ツアーが全てキャンセルになる、などその状況というのは常に先が分からない人生そのものなのかもしれません。
と書くと大袈裟かもしれませんが、過去全て目を瞑るわけでもなく、過去にすがりつくわけでもないところがKIRINJIから、高樹さんから感じ取られる1番好きなポイントです。だからこそ、今のKIRINJIを見逃したくない。
みなさんもぜひ『Steppin' Out』を聴いて頂いて、思い思いの感情を抱いてほしいなと切に願います。そしてライブもぜひ!「KIRINJI TOUR 2023」と題し、前述のキャンセルとなったツアーと全く同じ場所を回っています。6人編成での華やかなライブとなりますので、今しか見れないこの瞬間をぜひ。東京は2DAYS開催です。
【KIRINJI TOUR 2023 東京公演】
12月19日,20日
@EX THEATER ROPPONGI
19:30 START
バンドメンバー
堀込高樹(Vocals, Guitar)
千ヶ崎学(Bass)
シンリズム(Guitar)
伊吹文裕(Drums)
宮川純(Keyboards)
小田朋美(Synthesizers, Vocals)
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