桜よ、早く咲け

おはようございます。今朝も会えましたね。桜の花が咲こうとしております。一週間程度で咲き終わり、後は散ってしまうという算段でしょうね。季節はそのようなスケジュールが組まれていて、天変地異でも起きない限り、そのスケジュールが変更されることはない。いえ、天変地異が起きても、桜は咲き、散っていく。そういう定めでありましょうかね。

今朝は時間がなくてちょっとドタバタとしてしまいました。私、自慢ではありませんが休みのない生活をしています。このような投稿をしてると休みがありません。日によって決まった休みがないので、1日の中に細切れに休みを設定し、それをつなぎ合わせて心身ともに休息をとったことにしているんですが、多くのかたはそのような生活をされていると思います。

私たちは、働かなくて家にいても、そこに仕事があります。家の中の仕事こそ休みはない。あなたがもし家族の一員であるならば、家族の一員としての責務というものがありますね。役割というものがあり、それは24時間稼働していて、休みというものはありません。週に一度でいいから親をやめたい、月に一度でいいから主婦や夫であることを休みたい、そしてたまには家族の子供であることを休みたいと思ってる人も少なくないと思うんですね。

以前、本で読んだことがあるんですが、ファミリー、という言葉の語源にドレイという意味があるらしいんですね。ま、確かに逃れられないという意味で、家族ってのは一種のドレイかもしれない。ドレイと言うとネガティブなイメージがありますが、ドレイにも幸せはある。ドレイ社会が暗い社会だったかと言うとそうではなく、その中でも人々はささやかな幸せを見つけて生きていた、という見方が正しいのではないでしょうか。
 私はドレイを否定しません。ドレイも生きていますから、そこにはやはり幸せもある。逆に、ドレイを所有する側は常にラクをしていたかと言うと、そうでもないと思うんですね。ドレイの所有者はドレイによって使われていた面もあります。ドレイ所有者はある意味、ドレイたちのドレイであったという見方をあなたはどう感じますでしょうか。

あまり暗い話はしたくないんですが、要するに、いつの時代にも一般庶民は存在した。そして、文化は一般庶民によって作られた。

はい、4月、全く新しい季節になって、皆様におかれましても新しい生活が始まったかと思います。私にも新しい生活は始まったと信じたいですね。同じことの繰り返しの中に新しいものが生まれる。古いものにこだわろうとしても、古いものは消えていく。古いものが消える時に新しいものが生まれる。そう思いますけど、どう思いますか?今日の投稿は以上でございます。桜よ、早く咲け

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