ショートショート「法律違反」

 私は目を疑った。
 しかし、目の前の光景は現実である。
 あの、憧れのアイドル歌手が、酒を飲んで酔っ払っているなんて……。
 赤い光に照らされ、窓ガラス越しにうつる顔は、テレビやグラビアでは決して見ることが出来ないものだった。
 何より、彼女はまだ十九歳だったはずである。明らかに違法行為だ。
 私は意を決して声をかけた。
「あのう、すみません。あなた、ひょっとして、アイドルの……」
 憧れの乙女は、ほろ酔い気分の緩んだ声で答えた。
「あれ、バレちゃった?」
 何ら罪悪感は覚えていない様子だった。
「でも確か、君って十九歳だったんじゃ……」
 彼女は、再び私の言葉をさえぎって、今度は剣呑な目つきになって言い返してきた。
「ああ、そうよ。アイドルとしてはね。悪かったわねえ、歳サバ読んで。ホントは二十一歳よ。だからお酒飲んでもいいの。これくらいのウソ、別に珍しくないわよ。アイドルが歳ごまかしちゃいけないっていう法律なんて無いでしょ!」
 確かにそうだ。そんな法律は無い。だが、私は彼女に圧倒されながらも、自らの職務を思い出して、気だるそうにハンドルにもたれかかる彼女に告げた。
「ええ。でも、酒を飲んだら運転しちゃいけないっていう法律はあるんですよ。はい、この袋に息を吐いて。あと、免許証見せてくれる?」

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