流通・消費財業界にとってのCES2021
概要
「COVID-19のパンデミックにより、新技術や新しい行動が3〜10年前倒しで実現した」
最新テクノロジーやその活用を発表する世界最大のコンベンションCES2021が、1月10日から14日(現地時間)までオンラインで開催された。
COVID-19の流行後、当初は「最新のテクノロジーを活用して感染防止処置をとってリアルで開催」としていたものの、パンデミックになったことで、完全オンラインに変更しての開催になった。
そのため、出展者も参加者も大幅に少なくなり、
出展者 参加者
【昨年】2020年 約4,500社 175,000人
【今年】2021年 約2,000社 73,000人
と半分以下になってしまった。
完全にオンラインになったのは初めてのことで、再放映時間のズレなど多少のトラブルはあったが、概ね円滑に開催された。
多くのコンベンションと同様に、CESも講演と展示会場と2本立てである。従来から、いくつかの基調講演を除けば比較的小粒の講演が多く、講演よりも展示会場で最新テクノロジーの実演やそれを活用した機器を見ることのほうが得られるものが多いコンベンションだった。
完全オンライン開催になり、会場での展示もオンラインになったが、やはり得られるものはリアルで見て得られるものより大幅に少なくなってしまった。
筆者は、流通業や消費財メーカーに関連しそうな講演を中心に見て回った。
プログラムには、講演はリアルタイム放映で、一部の講演だけは再放映とあったので、当初は徹夜覚悟で見た。だが主催者とチャットでやり取りしている中で、全ての講演がCES終了後も録画を見られることが判明し、脱力してしまった。
全体的な感想
それはさておき、35本の講演と10程度の展示を見て全体的に感じたのことは、2つだった
1.3〜10年分を一気に進める「ビッグウェーブ」が来た
2020年はCOVID-19のパンデミックで、多くの悲しい出来事があった。しかしテクノロジー業界から見ると、良いこともあった。
今までだったら3年〜10年かかっていたようなことが、2020年の1年で一気に進んだことである。例えば非接触決済の普及、食品のオンライン購入などは、従来は利用をためらいがちだった高齢者層やデジタル技術に保守的な人たちも、否応なく使用せざるを得なくなった。また遠隔医療なども政府の承認が迅速におり、あっという間に使われるようになった。
「食わず嫌い」や「規制の縛り」で使わなかった/使えなかったものが一気に使えることの社会的メリットは大きい。もちろんCESの展示会と同様に、依然としてリアルの方が良いものはあるが、大部分のものは「使ってみたら便利だった」、「こちらの方が良い」と思われている。
ロックダウンで切羽詰まったからこそ、生活者の心理的バリアや政府の規制を突破できたことは、テクノロジー業界にとっても社会全体にとっても良いことであった。
2. Diversity & Inclusion
様々な講演で触れらていたのが、Diversity & Inclusion。
テクノロジーがD&Iを進めるためことにどのように役立てるのか、組織や社会の中での偏見や差別をなくすためにどのように進めていけばよいのか。
D&Iが主題である講演もあったが、そうでない講演の多くがD&Iについて重要なトピックとして触れていた。
Political Correctnessとしての「お作法」という意味も入っているかもしれないが、D&Iの重要さは、日本国内で日本人だけの環境にいると理解し難いものである。
印象に残った講演
1. 基調講演:Walmart
CEOのDoug McMillon氏が質問に応える形で、COVID-19への対応、これからのデジタル技術活用、ヘルスケア、D&I、持続可能性/気候変動へのチャレンジ、従業員の教育などについて話した。
特に印象に残ったのは、話す内容・言葉遣い・話し方・視線・身振り手振りなどの全体が醸し出す印象である。
考えがはっきり明確で、迷いがなく、表裏がなく、上から目線でなく、チームを引き立て、今も自分が学び、成長することを心掛けている、そういう印象である。
内容で印象に残ったのは、以下5つだった。
・Walmartは昔から、テクノロジー活用に積極的である。
新しいテクノロジーは生活者をどう変えるのか、その変化にWalmartはどう対応していかなければいけないのかを、常に考えている
それらのうち、どこに投資をしてどこに投資をしないのかを決める。
的確な判断をするために、社内と社外に、知見を得るためのコネクテッド・エコシステムを持っている
・COVID-19発生時に行ったこと(優先順位順)
1)従業員の安全の確保
2)サプライチェーンを動かし続ける
3)社外の第三者(テナント/仕入先/他業種で働く人など)を助ける
4)社内オペレーションを確実に回す
5)戦略を推進する
・D&Iの推進
社内で2日間のトレーニングプログラムを新設。自らそれを受講し、偏見や差別をなくすための対話を社内外で始めた。
1)まず、トップ自らが勉強をすること
書物からだけでなく、実際に見に行く、話を聞く、体験をしてみる
2)次に社内で対話/議論を始める
間違ったことを言ってしまうことを恐れないで、対話をする
3)データにて現状を把握し、明確な目標を設定し、着実に実行をする
・教育
教育プログラムは、Walmartグループ内で活躍してもらうことだけでなく、従業員個人の成長のためにもある。
Walmartは、従業員が成長していく「はしご」である
・2020年の感想
Walmartの従業員がいかに優秀かを実感した
自分では答えがわからない決断を迫られたことが何度もあったが、適切な人に意見を求め、メンバーに権限を与え、その実行をサポートしたことでそれらの危機を乗り越えられた。
2020年を乗り切ったことで、会社としての実行力は飛躍的に向上した
その他に印象に残ったこと
・常に「チームの成果」「チームがすごい結果を出した」などと従業員が活躍していることを強調。「自分が指示した、やらせた」といった、上から目線の表現は一切なかった。
・EDLCを徹底:背景が静止画が映っている液晶モニター2セットだけのローコストで済ませており、なおかつMcMillon氏も高価そうなジャケットは着ていない。
2. 基調講演:General Motors
時代に合わせて変革しているGMの姿を、Re-Positionしていると表現し、新しい製品やサービスの紹介を映像で行っていた。
・持続可能な社会への対応のために、EV(電気自動車)の開発を加速。LGと共同で電池の革新を行い、車内のデータ通信ネットワークの改良なども行っている。
・顧客との接点を車の購入前から購入後まで広げ、スマホアプリ活用による利便性の向上を図っている
・25年の歴史のある車載コミュニケーションシステムOn-Starを発展させ、提供するサービスを拡大。走行データを活用したより適切な自動車保険の提供も行っている。
・ほぼ完全な自動運転を実現したSuper Cruiseを実装。運転手の視線をモニターし、運転に集中していない場合は自動運転を解除する
・配送の自動化のために配送ロボットと、それを自動運転車両と組み合わせたBrigthDropsを開発、Fedexなどでテスト中。
・自動運転車両Cruiseを使った実験をSan Francisco市内やArizona州で行っている。
3. CTA(主催者)による2021年の重要なトレンド
2021年の5つのキートレンドが発表された。
1)デジタル・ヘルス(医療を含む)
2)ロボテイクスとドローン
3)5G接続
4)デジタル・トランスフォーメーション
5)ヴィークル・テクノロジー
6)スマート・シティ
これを見る限り、さして昨年とは大きく変わってはいない。
2020年は、なにか大きな発明や技術革新があったわけではなく、着実にこれらが改良され、実用化され、浸透していった年であった。
またこの講演でも、COVID-19の影響でデジタル技術の普及が大幅に進んだとの指摘があった。
・eコマース: 配送数量の過去10年分の増分が8週間で
・遠隔医療: 予約数が15日間で10倍に
・動画ストリーミング: 加入者数の過去7年分の増分が5ヶ月で
・遠隔教育: 2週間で250万人が受講
またMicrosoftのCEO、Satya Nadella氏の言葉を引用し、
「2年分のデジタル・トランスフォーメーションが、2ヶ月で行われた」
2020年に起きた変化の速さ、大きさを強調した。
4. P&GのChief Branding Officerの講演
「Stepping Up to Lead」というタイトルで、P&GのCBO、Marc Pritchard氏が講演をした。
冒頭に、
「混沌とした時代には、自らそれをリードすることが最善の手だ」
とP&Gらしい自信に溢れたコメントがあった。
新製品などを紹介するバーチャル・ラボの画像を見せた後、マーケティング領域で取り組んでいる、「メディアの再発明」についての話があった。
「Responsible Media Supply Chain」と呼び、生活者調査からクリエイテイブ政策、メディアバイイング、出稿など、一連の流れであるMedia Supply Chainのすべての領域で、P&Gは責任を持って遂行をする、という考え方である。
Pritchard氏は、2017年にアメリカのインターネット広告団体の年次総会で、インターネット上での広告詐欺などの広告業界の厳しく批判して有名になった人である。今回CESで話した「Responsible Media Supply Chain」は、その批判へのP&Gの回答である。
その他に、D&Iへのマーケティング領域での取り組みについても話をした。偏見や差別をなくすための広告を作っていることを話し、その映像を紹介をした。
昨年注目された企業のその後
昨年話題を呼んだ企業はどうだったか?
トヨタのWoven City
トヨタ自体が参加しておらず、昨年大々的に展示を作って発表したコネクテッド・シティのWoven Cityについても、発表はなかった。
SonyのVision S
プレスカンファレンスで使った動画にVisionSが公道で走行している姿が放映された。大きなアップデートや改良を加えられた形跡はなく、特にコメントもなかった。
Delta Airlines
Delta航空も参加していなかったが、2020年の状況からこれは致し方ないことだろう。
日本との比較(筆者の感想)
日本でもCOVID-19は流行したが、日本の社会にもテクノロジーの「ビッグウェーブ」は来たのだろうか?
日本でも確かに変化はしたが、「ビッグウェーブ」と呼べるほどの変化はなかった。
これは、残念なことだ。もともとデジタル技術の活用に差が開いていたが、その差を縮めることは出来なかった。
その理由として、3つある。
1)社会の切迫感
2020年の感染者数や重病者数、死亡者数を比べれば一目瞭然だが、アメリカと日本ではCOVID-19流行の深刻度が違う。
そのため生活者、企業、政府の皆が、今までのやり方を止めてデジタル技術を活用した新しいやり方を使おうという切迫感は、明らかに日本の方がに乏しかった。
アメリカで「ビッグウェーブ」が起きたきっかけはこの「切迫感」であり、日本にはそこまでの「切迫感」はなかったので、アメリカほどの大きな波は立たなかった。
2)経営者の中長期的な戦略思考
WalmartのCEO、Doug McMillon氏が、COVID-19発生時に行ったことの5番目に「戦略を推進する」があった。
これはなかなか言えることではない。危機的な状況下で、まず緊急に対応すべきことを確実に行い、その上で今まで立てた戦略を粛々と推進する。COVID-19を機に、あらかじめ立ててあったeコマース関連施策などを、加速して推進したに違いない。
ここまで戦略的に考え、従業員が推進することを徹底している経営者の有無が、「ビッグウェーブ」に乗るか乗らないかの判断を分けた。
3)デジタル技術を活用するための環境整備
Best BuyのCEO、Corie Barry氏が基調講演にて、
「過去5年間に、適切な投資を行っていたかいなかったかの結果が2020年に出た」
と言っている。
これは、デジタル投資のみならず、デジタル化するために必要な環境整備をきちんとしていたかが、「ビッグウェーブ」に乗れたかどうかの明暗を分けたということである。
環境整備とは、種々のオペレーション情報が正しく、遅延なく、システム上で把握できるようになっていることや、各種マスターがきちんと入力され適切にメンテナンスされているか、までも含む。
日本では、レガシーシステムの維持にIT予算の大部分を費やしてしまい、デジタル投資も環境整備にも予算を使っていない企業が少なからず存在している。この様な状態では、「ビッグウェーブ」が来ても、そもそもその波には乗れない。
COVID-19の危機的な状況であっても、それに対処しながらも、着実に未来に向かって成長している企業の存在を認識できた、CES2021であった。
2022年はまたラスベガスにて、オフラインで実施する予定である。
※写真の出典は全てCES2021の録画より
以上
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