一緒にいる人が大切にしているものを、同じくらい大切に
先日、私はある工房でお手伝いをさせていただいた。
工房はあたたかい雰囲気に包まれた商店街にあり、棚には1つ1つに愛を感じる陶器がかわいらしく並んでいる。
この工房では定期的に作家さん等とイベントを開催しており、先日は和菓子研究家さんとコラボした「 夜の和菓子屋さん 」が開かれた。
そしてイベント時、和菓子研究家さんのロゴを描いた提灯を飾ることになっており、私はその製作を担当。提灯自体は市販のものを使い、ロゴを描かせていただいた。
最初はロゴを印刷した紙を切り抜いて上からスプレーを吹きかける予定だったが、提灯の凹凸で綺麗にスプレーができない気がした。
ロゴは1mm もずれてはいけない。
誰かに言われたわけではないが、直感的にそう思っていた。
色々考えた末、ロゴを印刷した紙を切り抜き、上から鉛筆でなぞり、最後に油性ペンで上書きすることにした。
工房の方に事前確認をしてもらったときに可愛いと言っていただいたが、和菓子研究家さんに見てもらうまでは緊張が解けなかった。
「 すごい人来たー!」
当日工房を訪れると、あたたかく迎え入れてくださった。和菓子研究家さんは、友人にロゴ付き提灯の写真を送って自慢してくださっていたとのこと。
良かった、本当に。
さて、話が少し戻るが、なぜ私は「 ロゴは1mm もずれてはいけない 」と思っているのか。
完全に自分の直感だが、この機会に言語化したいと思う。
そもそもロゴとは何か。( 正確にはロゴマーク )
そう、ロゴは「 企業や商品のイメージそのもの 」なのだ。
どんな想いで会社、商品が作られたのか
どんな人に届けたいのか
どんな価値を生み出したいのか
想像を超える思考が凝縮されているのがロゴだと思う。
もし何となく作られたとしても、そこには「 なんか良い 」という直感が働いているはずだ。そして、その ” なんか " というのは、ただ言語化されていないだけで、その人の中で大切に育まれた想いの表れだと思う。
だから、1mm もずれてはいけない。
ロゴが違えば、その人が大切にしている想いの形が変わってしまう。
込められた想いが届かなくなってしまう。
そう感じるのだ。
” 一緒にいる人が大切にしているものを、同じくらい大切に "
どんな方と一緒に活動するときも、その方の想いを鮮度高く、できる限りありのまま受け取りたい。そして届けられる人でありたいと思う。