改題騒動
今回は時事ネタ。
身近なことではあるのですが、世間的にはそれほど認知度はないです。ザクっと言うとハヤカワSFコンテストの優秀賞・竹田人造さんの『電子の泥船に金貨を積んで』という作品が書籍化にさいして『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』に改題されたという出来事がありました。
賛否両論を巻き起こしたのですが、肌感では否の方が多い感じ。早川書房のカラーにそぐわないといった意見が大半かな。世間におもねらない硬派な出版社なのについに俗に染まりやがったな、ってニュアンスのお怒りをよく眼にします。
担当の方が「激論の末‥‥」と表現されていたので、スムースな成り行きではなかったことが伺えます。著者の竹田さんとは交流があるのですが、事件後のやり取りでもそのあたりは詮索しませんでした。
ラノベっぽいタイトルにして売れ線を狙っているという批判には、ちょっと僕は疑問です。改題後と原題のどちらがいいかはわかりませんが、改題されたタイトルは、いわゆるラノベのものとは一線を画すような気がします。
僕が最初に連想したのは、完全自殺マニュアルや完全失踪マニュアルなど太田出版の本です。随分昔のことですが、発売当時センセーショナルに受け止められた記憶があります。太田出版はサブカル系の出版物がメインなので、今回のタイトルはそういうテイストを狙ってるのかなと感じました。
率直に言えば、かなりイイタイトルだと思ってます。いわゆる一周回ってアリかもってやつですけど。
編集者が悪者扱いされてますが、作者が恨み言を連ねたわけでもなかろうに、ちょっと大げさに騒ぎ過ぎかもしれませんね。むしろ注目度が高まったこと自体はよいことでしょう。この小さな炎上もまた話題作りの作戦だという陰謀論めいた声もあるけれど、、、人間ごときの計算や目測がそんなにドンピシャに当たったら怖いわ。
さて、いまひとりの受賞者で僕ですが、すっかり「じゃないほう」受賞者となってしまいました。「改題されてないほう」みたいな。西フロイデさん曰く又吉さんの芥川賞受賞の折にも羽田圭介さんがじゃないほうTシャツを着てたそうです。僕も「JANAIHO」でグッドデザインを模索したい。アインシュタインの稲ちゃんの「KAOSUTETAROKANA」Tシャツをお手本に。
さて、騒動を外から眺める僕たちは作家と編集者の齟齬をここに見てしまいがちです。確かに立場も違えば感性も違うので意にそまぬ選択を迫られることもあるでしょう。新人作家は立場が弱い、と言えばそうかもしれません。
僕はあまりポリシーも美学もないから、編集者の提言をほとんど受け入れてしまう‥‥‥というと骨のないナメクジ野郎のように思われそうなので精確を期すなら、自分の感性には限界があると思ってるおり、それブレイクスルーさせてくれる他者をどこか必要としているかもしれません。
今もゲラに手を入れていますが、自分なりにいい表現だと思った箇所が蛇足だと断じられることもままあります。このような食い違いは実に興味深いものです。衝突するよりもむしろ相手の意図を探ってみたほうがきっと建設的でしょう。
今回の小説『ヴィンダウス・エンジン』は一人称なので、主人公の語りが物語の主旋律となります。駄弁めいたラフな語りの過剰さで物語をドライヴさせようという目論みがありました。しかし編集者は、そういったものを極力削ぎ落すことでソリッドで硬質な作品にしたがっているようでした。
僕は、あまり躊躇わず後者を選択しました。理由のひとつとして、作者というものは必ず慢性的視野狭窄だからです。これは避けられません。つける薬もない。誰かに横から叩いてもらわないと眼は覚めない。
二つ目の理由としては、最初の目論見とはズレても、思ってもみない作品になったほうがずっと楽しいからです。何か月もこの小説と付き合ってきたので、そろそろ別の顔を見たくなったのかもしれません。これをもっていい加減なやつだと言われればそれまでですが、まあ、いい加減なやつなのだと自分でも思う。
新しい血を入れれば、命は賦活される、とは限りませんが、古い血がどーしょーもなく澱んでいくのは確実でしょう。