西城秀樹「遠き恋人の君」をクリスマスソングとしてリクエスト
西城秀樹さんが歌う「遠き恋人の君」。
2008年に録音されたラブソング。2019年5月発売のCD+DVD BOX「HIDEKI UNFORGETTABLE HIDEKI SAIJO ALL TIME SINGLES SINCE 1972」のDISC 4に収録された幻の名曲です。
秀樹さんが2018年5月に旅立たれた直後から、過去の楽曲や映像を見て雷に打たれたようにその姿を追い続けて過ごした一年後、この曲を初めて聴いた時は、秀樹さんが若い日の恋人を思って歌ったこの曲に妬けました。2回ぐらいしか聴けませんでした。ファンとしてそれじゃいけないと、その後も何度か聴きましたが、なかなか消化できずにいました。
歌詞から伝わってくる初めの印象は、若い頃の恋人を、クリスマスが来ると思い出すというもの。
「男ってのは初めて本気で好きになった恋人をいつまでも忘れない生き物なんだよな…」
「(実生活に都合よく引っ張り込んで)毎年思い出されちゃ、清濁併せ呑んで対応してきているこっちの立場もないし!もう、クリスマスプレゼントとかやめようかな」
「秀樹さん、今でもその女子のことこんなに深く思っているのかしら…」
「奥様、よくこの歌をリリースする事をお許しになられたわね…」
とかく忙しく思いが巡り、落ち着いて聴けませんでした。
私は、昨年の5月以降、急転直下の勢いで秀樹さんの大ファンになりました。それ以降、ネットを通じて知り合った秀樹さんのファンの方々とお会いしてお話しを聞かせていただいたり、一緒に歌ったり、踊ったり、若い頃からのファンの方の熱く、暖かく、美しいお気持ちに触れる素晴らしい機会が何度もありました。秀樹さんが、熱狂の時代から事務所の独立、音楽業界の流行の変化、結婚、闘病、家族との絆の時間を経てきたことをたくさん学ばせていただきました。お会いできた方々、その時間には感謝しかありません。あまりにも短い期間に多くの情報と感情が押し寄せ、経験したことのない事が続き戸惑いを隠せない場面も多くありましたが、長く秀樹さんと共に歩んで来られたファンの方々、周りで支えて来られた方々、ご家族の方々のお気持ちに落ち着いて思いを馳せられるようになれたことも、この半年の自分の大きな成長の一つのように感じています。
その、文字通り激動の人生を送ってきた一人の男性が闘病を経て、50歳を過ぎて、多忙を極めた若い日の恋を思うこの歌のコンセプトを宇宙からキャッチし、形にしていった過程を思いました。
そして11月の秋の日、改めてこの美しい曲を聴き、涙する日々を過ごしています。
秀樹さんの表現力の凄みは、いつなんどきも「置きに行かない」ことにあると思っています。それでいて、反則技で崩したり開き直る事がなく、いつも真剣そのもの。なのに、「答えはこれでしょ?王道でしょ?はい!」とドヤ顏で手渡すのではなく、どれだけ強くストレートな歌でも慣れ親しんだ歌でもその表現は浮揚感の中にいて、歌が終わると空に消えていってしまうような儚さをいつもまとっている。この観客との間に置く境界線の振幅・作り方が実に巧みで、魔法のようなテクニックで、もしかしたらご本人も無意識にチャンネルを合わせるようなところもあったのではないかと思います。
この浮揚感。事務所からの独立、結婚、病気という、人間として生きて行く上での良くも悪くも負荷を手にする過程で、微妙に形態が変化していったようにも思います。ご本人も、脳梗塞後に話されているように、歌う技量を駆使するだけではなく、時に楽曲そのものの推進力に身を任せ、フラットに歌の世界に自分を漂わせるというような曲も出てきます。この「遠き恋人の君」も、ただ優しく、思い出の恋人を、夢の中で抱きかかえるような静かな慈愛に満ちています。
多くのファンの方々が動き出しているのと同じく私も、この美しい曲を世の中に出して、クリスマスソングとして定着させる事ができないかなと考えています。ただ、この歌詞、実は初めて私が聴いた時の感想のように誤解されるリスクがある曲でもあります。ライバルを追い落として片思いだった彼とのデートをやっと取り付けたり、結婚したりして一生懸命尽くしている最中の女子にとっては、彼に聴かせたくないなと思われてしまう可能性もあります。
でも、この曲は2番にその本当の意志が隠されています。「未完成」「ちゃんと終わらせていない」という二人同時に失恋した切ない事実に対して、今「愛おしい」と素直に思い「心の旅を赦し合う」選択をすることこそが、二人同時に思いやりの中で「生き続け」お互いを「美しく蘇らせる」ことにつながって行くという、大人の愛が歌われているのです。
誰かを好きになり、お互いそれとなく感じてはいるが恋人同士になってしまったら、もし心の行き違いで別れることになった時、その後一生会えなくなるから友達のままでいる、という、毒にも薬にもならないアホな選択をしたことがこんな私にもあります。でもそれは、一時的に自分の気持ちを消極的に守るだけで結局その友達は誰かと幸せになり、その時点で完璧に片思いの状況に陥ります。その後、その友達に会うことは結局できなくなる情けない結果が待っていました。恋をした相手には、やはり、どんなに辛い結末が待っていても恋で向き合うしかないのですよね。
待たせて、待って、不安を募らせて、でも笑って。言葉が出てこなくて、さよならをかみしめて。待ちぼうけのクリスマスの恋ははかなく消えて、何度も泣いて、心を落ち着かせて。正直に真剣な思いを通わせた若く美しい二人が、もう一生会えなくなる不条理。思い出の中で、恋のままで、遠き恋人の無事と幸せと安心を祈ることの、何が間違っているんだろう。
フラットに歌いながら、この絶妙な境界線の置き方、浮揚感の解釈。これは、秀樹さんのクリエイティビティの中からしか作れなかった本当に貴重な一曲だと思うのです。
バックコーラスメンバーとして秀樹さんと一緒に、長く音楽を作ってきたMILK、Rieさんのストレートで澄んだ女声パートは、現実というよりは、秀樹さんの思いの中で優しく思いを合わせる若き日の恋人の美しさを思い起こさせます。歌詞カードを見ると、男声パートと女声パートに分かれて記載されていますが、男声パートに女声のハーモニーを弱音で添えたり、その逆もあります。お互いの気持ちに寄り添う構成で感動的です。
実話として、秀樹さんが自分の正義に反して別れなければならなくなった昔の恋人に、ごめんね、本当に本当に愛していたよと、どうにか伝えたかった、という意図ももちろんあったでしょう。でも、それに対する一ファンとしての反応を遥かに超えて、さまざまな苦難を乗り越えて来た秀樹さんがこの歌を作りたい、歌いたいと思い至った心境を思います。そしてあんなにセクシーで情熱的な歌を歌い、多くの女性を虜にしてきた秀樹さんが、過去と現在、思い出と現実、女性と男性の間でいつも風に吹かれているたくさんの後悔に赦しを、と願いに込めて、歌全体の世界観に合わせて自身のにじんだ風景を切り取り、愛を込めて半透明なレイヤーで重ね合わせ、丁寧に編んだ美しいアートとして残してくれた事実を思います。またこの偉大な音楽家の独自の着眼点と、作品にまとめ上げる力量に圧倒されるのです。
秀樹さんが、強い創作意欲をもって制作された作品とのこと。切なく愛に満ちた沢田知可子さんによる歌詞、メロディーの美しさ、シングル化されることはなかったこの一曲を、大人のクリスマスソングとして今こそ多くの人に聴いて欲しいと願うのです。
「HIDEKI UNFORGETTABLE HIDEKI SAIJO ALL TIME SINGLES SINCE 1972」
http://www.earth-corp.co.jp/HIDEKI/HidekiUnforgettable/
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