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誰得ドット絵落語『みみっく』
画版を持って佇む若い男。時折、きょろきょろと周囲を見渡す。そう間もなく女将が姿を現すと、男は会釈をして歩み寄った。
女将「なんだい、どこかで見た顔だね?」
男「へえ、お初にお目にかかります。二条の、十六兵衛(じろべえ)と申します」
女将「二条のって、分家のせがれかい」
十六兵衛「へえ。父がお世話になりまして」
女将「どこかで見た顔とは思ったけどね。十六兵衛だって? そっくりなのがもう十六人もいるのかい」
十六兵衛「いえ、兄は四人、下に弟はひとりです」
女将「なんだって五男に"十六兵衛"なんて名前をつけるのかわからないよ」
十六兵衛「太郎、次郎、四郎、八郎、十六兵衛ですから、筋は通ってございます」
女将「知らないよ、まったくどこに筋が通っているのやら。それはいいよ、突然やって来ていったい何の用件だい?」
十六兵衛「実は、以前より『どっとえ』なるものを嗜んでおりまして」
女将「どっとえ……? 知らないねえ」
十六兵衛「絵画の一種でございます。それで女将さんにひとつご相談が」
女将「絵画ねえ。あ、わかったよ。どうせ、父親に"絵なんざ女の描くものだ"と言われて追い払われて来たんだね」
十六兵衛「うぐっ」
女将「図星だね。あの子、いつか青識α論みたいになるんじゃないかと心配していたのさ……ぶつぶつ」
十六兵衛「それについては議論の必要がありますが、さておき。その"どっとえ"にて、『みみっく』を描いてみたのですが、いまいちで」
女将「おまえさんの話はわからないことだらけだね。『みみっく』とはなんだい、聞いた覚えがないよ」
十六兵衛「『みみっく』とは、宝の箱に姿を似せて蔵に忍び、盗人を待ち受けて襲うおそろしい異国の妖怪の名でございます」
女将「なんだい、ずいぶんといい妖怪じゃないか。あたしゃ盗人は嫌いだよ。よし、そういうことなら力になるよ。絵は女が描くものだなんて言われたかないが、娘のころから絵は得意なんだ。なんでも言っておくれ」
十六兵衛「さっそくですが、こちらにご意見を」
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女将「おや、なかなかやるじゃないか。これはみみっくとやらに食われた盗人だね。捨て子のように震えあがる様がお似合いだよ」
十六兵衛「いえ、これは宝の箱から化け物が飛び出した様子でありまして」
女将「化け物? そうは見えないねえ。これの題名は"みみっく被害者"におし」
十六兵衛「へえ……」
女将「ほかにもあるなら、早くお出し。先が思いやられるよ」
十六兵衛「それでは、こちらをば」
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女将「なんだか派手だねえ。この桃色のは"目"かい?」
十六兵衛「へえ、"いじぷと"と呼ばれる異国にあります恐ろしき呪(まじな)い『みすてぃっくあい』が飛び出す様子にございます」
女将「ひと真似はいけないね」
十六兵衛「みみっくとは"まねをする"という意味なもので、それにひっかけて……」
女将「そんなことは知らないよ。ほかにはないのかい?」
十六兵衛「お気に召しませんか。ではでは……これはひと味違います」
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女将「うわっ、あたしゃヒルは苦手だよ。しまっておくれ」
十六兵衛「いえ、これはヒルではなく、"蛇"を思わせる脅威の具現化でして。宝の箱を上顎と下顎に見立て、そこから舌のように伸びる姿は"べすとまっち"というよりございません」
女将「べすとま……またかい、知らないことばかり言わないでおくれ。どうしてそう難しくするのかねえ」
十六兵衛「実はその、いじぷとに"ぴらみっど"という天子様をお祀りする大きな大きな碑跡がありまして」
女将「もちろん知らないよ」
十六兵衛「天子様の亡骸のお傍に、宝物を奉るのですが……」
女将「わかったよ、つまりその"いじぷと"とかいう異国の文化にあわせて、盗人を陥れる『罠』を絵画にしたわけだ」
十六兵衛「さすが女将さん、お察しが良く」
女将「おべんちゃらはいらないよ! 十六兵衛、あんたはわかってない。なにもわかってないよ」
十六兵衛「面目ございません」
女将「いいかい。ここは"いじぷと"じゃあないんだから、そんな異国のものを描いても誰にも通じないよ。きちんと"和式"にして考えてごらん」
十六兵衛「和式……和式の罠でございますか。ううん……。それでは、それでは……」
女将「なぜそんなに悩むか、ちっともわからないよ」
十六兵衛「それでは、『餅』はいかがでしょう?」
女将「餅だって?」
十六兵衛「盗人が宝の箱を開けますと、なかにはたっぷりの餅がつまっておりまして。あわれ餅に溺れる盗人は、二度とその場を離れず朽ち果てる――という筋書きです」
女将「だめだよ、餅はだめ。餅は役に立たないよ」
十六兵衛「いやしかし、"とりもち"というものもありますから」
女将「昔から"宝のもち腐れ"って言うだろう? だから役には立たないのさ。
おまえは、本当に何も知らないねえ」
(おしまい)