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死とベーシックインカム(中編)~メタバース経済とMMTを考える
さて今回は運営開始から20年が過ぎたMMORPG『FINAL FANTASY XI』(FF11)の世界にある"ベーシックインカム的なもの"を見ていきます。
ここで紹介する"ベーシックインカム的"な仕組みは3種類あります。それぞれ個別の仕組みについては「こんなのがベーシックインカム?」と疑問に思うかもしれません。しかし、この3種の仕組みのおかげで、ぼくは今FF11で意識的に金策をすることはほとんどなくなっています。
他のMMORPGやスマホゲームなどにもそれぞれ似たような仕組みはあるのですが、そもそも循環しない経済構造だったり、リアルマネーによる課金とつながっていたりして、その世界のなかで完結していない場合があります。FF11の場合は"閉じた世界"で、"循環する経済"を成り立たせているので現実社会の経済に置き換えて考えることができる、というわけです。
もちろんそれらの仕組みを現実社会に導入したからといって、働かなくても暮らせるようにはなりません。でも、たとえ一部でも、小さなことでも楽になるなら無視する手はありません。
ただしゲームは"無から有を生み出す"ことができてしまいます。現実社会ではそれはできないことに気を付けて見ていく必要があります。
まず最初は、3種のなかでもベーシックインカムとしての程度はもっとも低い『ゴブリンの不思議箱』を紹介します。
ゴブリンの不思議箱
『ゴブリンの不思議箱』というシステムは(細かい説明を抜きにすると)5日に1回宝箱を開けて、ランダムでアイテムをひとつもらえる「ふくびき」的な仕組みです。
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システムの内部構造については推定になるのですが、FF11の世界に存在する数万種類(たぶん)のアイテムのうち、一部の"いきなり手に入るとまずいもの"を除いたほとんどが、同じ確率で手に入ります。すべてのアイテムの出現率が数万ぶんの1(推定です)になるので、特定のアイテムをゲットすることには期待できない仕組みになっています。ふくびきを引ける機会が限られていることもあって、いまどきの「ガチャ」とは異なり射幸性・依存性はありません。
直接お金をもらえるわけではないのでベーシックインカムのイメージからは遠いのですが、ゲットしたアイテムを売ってお金にすることができ、これが意外と生活の足しになるのです。
ちなみにぼくは先日これで相場1億5000万Gのアイテムをゲットしました(自慢)。一定期間内の稼ぎは人それぞれ異なりますが、ぼくの場合は3~4ヵ月程度かけて金策するくらいの金額なので、ゲーム内生活にとても余裕ができました。もう使い切りましたけどね。
見誤ってはいけないのは、このシステムは"流通の活性化"をお手伝いすることが本質だということです。めちゃくちゃ広大なFF11の世界の特定の場面、たとえば15年前のコンテンツの報酬などをわざわざ取ってきて競売などに出品してくれる人は今はいません。でもそういう、たまに必要になるけど流通していないアイテムが無数にあるのです。それが、この箱から出土することでちょびちょびと流通するようになるわけです。
この仕組みを現実社会に置き換えるには、なによりもまず"ふくびきの景品"を考える必要があります。景品を無から生み出すことはできないので、誰かが用意するしかありません。
そのヒントは、前述のとおり"流通の活性化"にあります。この仕組みのラインナップに加わることで広告効果が生まれるので、企業からあらゆる商品の試供品や、廃棄したい在庫などを比較的容易に提供してもらえるはずです。TV番組の視聴者プレゼントや、雑誌の読者プレゼント程度は普通に期待できます。
ただ、いきなり望んでもいない景品を送り付けてもゴミに出されるだけなので、あくまで景品をもらう"権利"を与えるに留める必要があります。そして、不要ならキャンセルし、キャンセル5回でもう1回ふくびきを引けるような仕組みが必要です。
また、企業が提供してくれるような景品には"大当たり"を期待できません。もうちょっといいものがないと、そもそも注目を集められませんから"大当たり"を用意しなければいけないわけですが……
パッと思いつくのは、"NHKのCM枠"や、"土地"でしょうか。
これはかなり無から生み出す感じになりますが、NHKにCM枠を作らせて、その枠を景品化させます。させますったら、させます。させるんです。
NHKは「広告を入れると番組内容に口出しされる~」とCMを入れることを嫌がりますが、番組内容に関わらず「認知度が上がれば良い」というニーズはありますし、すでにGoogleなどのウェブ広告やYouTubeの動画広告はそうやって(サイトの内容には過度な期待をせずに)運用されています。
そもそもNHKがCMを嫌がるのは受信料引き下げの代わりの収入源として提案されるからです。受信料はそのまま、番組内容に意見もさせない、という条件付きならCM枠を作ることに大した抵抗はしないでしょう。
このCM枠を景品としてゲットした人は、企業にでも売却すればいいわけです。もし実現した場合は、CM出稿料の分配を受ける権利になるかもしれません。NHKにCMを出せるとなるとその金額は在京キー局並かそれ以上になりますから、安くても数万円、場合によっては数十万円になるかもしれません。
仮に1枠5秒として、1時間あたり10分・計120枠を設けるとすると、1日に2880枠、1年365日で105万1200枠になります。日本の人口1億2000万人で割ると、1年間に当たる確率は約0.87%。20年間で17.5%、80年間で75%ほどの確率ですから、一生に一度当たることを期待するには少し足りない程度でしょうか。NHKに限らず民放にも押し付けたり、国や自治体のウェブサイトへの広告枠でも同じことをすればそれなりの当たりくじにできそうです。
土地については、相続人のいない住宅や地方の山などが余っているので、それを景品にしてしまうという考えです。もちろん各地方自治体がそうした土地を競売にかけたりしてはいるのですが、自治体の発信力そのものが超弱いため、ニーズのあるところに情報が届いていません。
移住を条件に引越代付きで土地と家をくれる自治体すらあるのですが、大して知られていませんし、知ったところで転職と移住をあわせて決断できる人は多くありません。
でも土地の使い道は様々で、過疎地でもあっても通信設備を建てるために土地が必要になったり、別荘としてなら欲しい人はいます。あるいは本気で「中国やロシアが攻めてくる!」と信じている人なら避難場所として抑えておきたいでしょうし、「中国が日本の土地を買収して、中国人を移民させようとしている!」と信じている人も同様です。
ま、陰謀論のなかには真実も紛れてはいるのですが、さすがに普段はそんな理由で積極的に土地を買おうとはしないものですよね。だからこそ、まずはとにかく誰かに土地の権利を与えてしまい、不要ならキャンセルしたり転売すればいい仕組みにすることに大きな意味があります。
土地には固定資産税がかかるので、まったく使わないなら持っているだけ損ですし、お金に余裕がある人や真実を知ってしまった人なら土地を貰い、固定資産税を払うことで通貨を循環させる効果が生じます。
重要なのは、モノやサービスの価値は受け取る側の"人"によって変わるということです。FF11においても『ゴブリンの不思議箱』から得られる景品は、ベテランプレイヤーにとってはほとんどがもう"用済み"で「安くてもいいから早く売り払いたい」ものばかりなのですが、初心者など後続プレイヤーから見れば使い道がある"当たりくじ"が多くなります。
経済の話をするときには、つい専門知識や数式的法則性をベースにしてお金の流れを先に考え、人の事情をあと回しにしてしまいがちです。でも、人のための経済なのですから、先に踏まえるべきは人それぞれの気持ちや都合です。前編の冒頭でも触れたように「人が集い、声をあげる」ことが世界をアップデートする原資になります。皆が「いるか、いらないか」を選択した結果が、モノやサービスと人とのマッチングを進め、その価値を高めていきます。経済への影響は、そのあとからついてくるものです。
やり方は色々と言っても、ベーシックインカムは「まず与える」ものであり、特にお金には「いらない」という選択肢がありません。ここがやっかいなポイントです。それでいて、人々が本当に求めているのはモノやサービスとそれによって得られる感情なのですから、「まずはお金」で考えること自体、話を難しくしているのかもしれません。勘定より感情なのです。
さて、まさかのダジャレも飛び出たことですし、ずいぶん長くなってきましたので、残り2つの仕組みについては次回、後編で見ていきます!
(つづく)