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いじめ社会の成立~ダムの底のメタバース

20周年を迎えたMMORPG、FF11世界に見た「新日本社会」を振り返るシリーズ、今回は「いじめ社会ができる背景」について掘り下げます。

前回の序文ではFF11が持つ時代背景的な特異性を簡単に紹介しましたが、今回はFF11内のプレイヤー社会の特異性を考えます。

司法なき世界

FF11には利用規約がゲーム内の振る舞いに関するガイドラインがありますが、運営側はよっぽどの"おおごと"でないと対処しません。ゲーム内でプレイヤー同士が直接殺し合う"PK"のシステム自体がFF11にはなかったので現実社会で言うところの暴力・殺人、あるいは強盗といった行為はもとから行なえないという事情もあります。

なら、なにを対処するのか。

現実社会で言えば"騒乱罪"的なものが中心になります。プレイヤーが集まって開発者に文句を言うなどの"デモ"を行なうとすぐに介入され、なんだかんだで鎮圧されます。

2019年に安倍総理(当時)の演説の場でヤジを飛ばした市民が北海道警察に強制排除された事件がありましたが、あれと似た感じです。なお北海道警察による強制排除を巡る国家損害賠償請求訴訟で、札幌地裁は道警の行為の違法性を認め、「表現の自由」の侵害として慰謝料の支払いを命じています(2022年3月)。

まあFF11に表現の自由は認められていないので、2020~2021年にかけての香港民主化デモの方が近いかもしれません。香港警察のように暴力をふるったり、拘束されたデモ参加者の全裸死体が川に流れてきたりはしませんが。

ただし、それはあくまでプレイヤーから"見える"対処の話です。

実際にはシステムの想定を超えて問題を起こすプレイヤーはおり、運営はその一部について"慎重に"対処してきたようですが、あくまで一部。運営側のスクウェア(2002年当時はエニックスとの合併前)はあくまで営利企業ですから、些細なルール違反を取り締まってユーザーを利用停止にして利益を減らすことを望まないのは当然ですし、無数の事件を厳密に"捜査"する労力をかけられないといった事情もあるでしょう。

まともな報道の大切さを知る

問題は、現実社会のように具体的な警察発表やその報道がなかったこと。

プレイヤーにしてみれば法はあるのに司法は存在せず、ルール違反者の姿は見えるのに対処は見えない状態になるわけですから、ルールを守る人たちは不満を募らせ、ルールを守らない人が増えていきます。

運営の対処は不十分、プレイヤー間で自警行為を行なうこともできない、運営による情報公開も極めて少なく、報道と呼べるものはゲーム誌が開発・運営者に寄り添ったポジティブなもののみ。

自警行為については、FF11のサービス開始直前に始まった没入型オンラインゲームを舞台としたアニメ『.hack//SIGN』でも自警行為を行なう集団が存在していながらポジティブには描かれませんでしたし、身勝手に魔女狩りを始める姿は想像に難くなく、さほど求められるものではありませんが、その「代替制度」が求められるのは自然の成り行きです。

そして、その代替制度となったのが、匿名掲示板に犯人と罪状を"晒す"行為です。ゲーム外の匿名掲示板に実行力はないので、自警団というよりは報道に近いものといって良いでしょう。

ディストピアの成立

システムの想定を超えた危険行為(的なこと)を行なう"犯人"について、皆に危険を周知することは「公共的」ともいえるので、それ自体は善悪を問えるものではありません。ただし情報提供者が匿名ですから、個人的な恨みで"冤罪"をでっちあげることは容易です。

そうはいっても目立つ迷惑プレイヤーはたしかに存在し、匿名掲示板は彼らの話題が中心となり、事実と、プレイヤーだら事実と思ってしまう「さもありなん」という情報で埋め尽くされ、ほどほどの信用を得てしまいます。

もし、そこに個人的な恨みによって自分の名前が冤罪とともに晒されたら?

自分だけは信じてもらえる、自分だけは冤罪だと思ってもらえる、なんて考えられる人はほとんどいません。

そうして、ルールを超える極端な"常識"を是として、目立つことを避ける社会ができあがります。

ゲーム内で論を戦わせることもできません。例えばバトルに必要な戦略について独自の作戦を主張して、もしバトルに負けでもしたら"戦犯"として晒されますから、言えるのはせいぜいどこかで聞いた、誰かがやったという作戦の例示まで。しかしその"どこかで聞いた"の"どこか"とは多くが匿名掲示板です。

肝心の"常識"も匿名掲示板で形成されることになります。

しかし、匿名掲示板を信じることを否定する人たちもいます。MMORPGといっても、不特定多数の"みんな"と絶対に関わらないといけないわけではなく、気の合う仲間がいれば、その身内の仲間とだけ「固定」でいっしょに遊ぶことも可能だからです。

一方、不特定多数の人たちのなかから都合の合うメンバーを集める文化は「野良」と呼ばれました。

FF11は6人でパーティーを組むのが基本で、「固定」で遊ぶにはそれなりの多くの人たちと親しく付き合えるコミュニケーション能力が必要です。特に、あまり身勝手な人に「固定」は無理なので、必然的に「野良」の"ヤバイ奴濃度"は高まっていきます。

「野良」と「固定」分断は進み、匿名掲示板が要求する常識も強くなっていきます。

とはいえ皆が従順な「野良」住民、"敬虔な日本人"になれるわけではありません。「野良」のなかでも常識を身につける人と身につけない人のコントラストがはっきりしていき、匿名掲示板に晒される人は"常連"化していきます。

そして、実行力のない自警団が採用できた唯一の手段は「いじめ」でした。

10年以上続いた「いじめ」

ぼくがFF11をプレイしていた"カーバンクル"というワールドには通称「みっくん」という人物がいましたが、彼に対するいじめは酷く、それは彼が姿を消すまで10年以上にわたって行なわれました。噂によると彼の名はFF11を超え、FF11をプレイしていない人の一部にも知られているといいます。

ぼく自身は同じワールドで「みっくん」に誘われたり、誘ったこともありますが、彼は噂されるような大キ○ガイ野郎ではありません。

一方、牢名主のように匿名掲示板に巣食ったり、いじめを煽動していた人物のことも3人ほど知っています。断言できるのは、彼らの方がよっぽど問題のある人たちだったということです。

(つづく)


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