読書『自由研究には向かない殺人』
引越にともなうネット難民化のせいもあって、近頃は読書が捗る日々でした。ネットにつながらない・つなげにくいというだけなので、パソコンを使ってオフラインでなにかするのは「あり」だったんですけどね。でもなんとなく、ネットやPCがなかった1980年代のようなアナログな暮らしをしてみるのもいいかな、と思ったわけです。
そこで、しばらく前に購入したまま積んでいた『自由研究には向かない殺人』(創元推理文庫)を読んでみることにしました。
本書は、2019年にイギリスで刊行されて大ベストセラー作となったホリー・ジャクソン著のミステリー。1992年生まれのホリー・ジャクソンさんのデビュー作ということで、古典的なミステリーとは異なる極めて現代的な物語となっています。
巻頭に書かれたあらすじは、こんな感じ。
本書を日本で刊行しているのは創元推理文庫のため、なんとなく「難解なミステリー」という印象を受けてしまいますが、作者が20代で書いたうえに主人公も高校生ということで、本国イギリスでは"ヤングアダルト"に分類される作品です。なお、"ピップ"という名前には危機馴染みがありませんが女の子です。
日本で言えばラノベ……というとたいへん語弊があるのですが、ミステリーをいたずらに難解化させる法制度の知識などはまったく必要なく、ミステリー初心者でも気軽に楽しめる作品だと思います。
ただし、気軽に楽しめるといっても内容が浅いわけではありません。そこはさすがに、ミステリーの本場イギリスで躍り出てきた作品ですからね。
少女探偵モノにはいくつもの"ライト"な作品が存在し、けっこうガッカリなケースもあるのですが、本書はその懸念を裏切ります。主人公ピップの友人を含む数多くのティーンたちには、大人たちとは違う意味で生き方に複雑さがあり、それらがからみあって厚みのある物語を織りなしていくのです。また、若者が無軌道に暴走して"すぎたこと"をしてしまうという、見ているこちらが共感性羞恥を覚える表現もなく、地に足のついた物語が展開します。
あらすじだけ見るとどの時代でもありえる物語のように思えますが、ピップは"研究"を進めるにあたってFacebookなどのSNSを駆使するためお話の展開が速やかで、またSNSに公開された写真から事実が浮かび上がる"OSINT"(ウクライナ紛争の戦況分析で一躍知られるようになりました)のような要素もあり。これまでミステリーを読んでいて歴史上の一場面に気持ちが飛ぶことはありましたが、逆に意識を現代に引き戻されるのは初めての経験でした。まあ、それはぼくが勝手に1980年代に遡行していたせいもありますけどね。
なお本書は文章量が多く、570ページもあります。「殺人の凶器に向く文庫」とまではいきませんが、本来なら「ミステリー初心者向け」と言うのは少々はばかられるところ。しかし本書は「自由研究」の体裁で主人公ピップの行動とそこまでの謎や成果を要所要素でまとめてくれるため、「置いていかれずに済む」というありがたい構成になっており、すいすいと読み進められます。
学校の授業は難解でも、優等生がまとめたノートを見せてもらえばあっさり雪解けするような、あの感覚。自分自身が主人公ピップの友達として、ピップから"捜査"の進展についての話を聞くつもりで向き合えば、軽快に本書を読み進めることができ、そして気付けば時間も溶けているという感じです。
なお本書には、同じくピップを主人公とした続編があるとのこと。これまでの経験から、きちんと完結した作品の続編にはかなり警戒感があるのですが、「ピップの話を聞かないわけにもいくまい」と思えば、続編を手にしないわけにはいかないでしょうから、近いうちに探してみようと思います。
せっかくですから、こちらはネットではなく、まずは近所の本屋から。
(おしまい)