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地図帳は、愛玩物であり夜空である 『地図帳の深読み』

帝国書院の本だ。そう、あの地図帳の出版社である。ほとんどの教科書は捨ててしまったが、歴史の資料集や星座の早見盤などと一緒に「地図帳」は手元に残しておいた、という方も多いのではないだろうか。本書は、そんな方にピッタリの本である。

捨てずにとっておいたのは、表向きには「ニュースの時に確認用に使えるから」かもしれない。しかし、実はそれ以上に「黙って眺めているだけで面白いから」という理由も、大きいのではないだろうか。要するに、地図帳は愛玩物なのである。

その悦びを満喫するために、この本は生まれた。あの帝国書院と地図研究家・今尾恵介氏がタッグを組んだのだ。本書を片手に、いま一度、家の奥に眠る地図帳を引っ張り出して眺めてみよう。本屋さんで新しい地図帳を買ってもいい。新旧で見比べられたら最高だ。

まずは、本書の構成を紹介しよう。第1章「地形に目をこらす」、第2章「境界は語る」、第3章「地名や国名の謎」、第4章「新旧地図帳を比較する」、第5章「経緯度・主題図・統計を楽しむ」。まさに、地図帳を隅々まで堪能できる一冊なのである。

冒頭で著者は、こう述懐する。

このたび帝国書院から『地図帳の深読み』の執筆依頼をいただき、あらためて隅々までこの「教科書」を眺め、読んでみた。これまで気づかなかった内容がいかに多かったかを教えられた思いである。(中略)本書が奥深い地図帳の世界を楽しむための一助となれば幸いである。 ~本書「地図帳はおもしろい」より

まずは、第1章にある「なぜ四万十川は太平洋を目前にして内陸へ向きを変えるのか」より。地図帳で見れば一見短く見える四万十川だが、吉野川よりも2km長い大河である。蛇行した河道が長さを稼いでいるのである。まずは、この地図をご覧頂きたい。

「源流」は、一番北にある矢印地点「不入山」にある。そこから、最初は太平洋方面に向かうが「大野見」のあたりから蛇行が始まる。そして「窪川」まで南下。この時、太平洋との距離は最短6.7kmしかない。しかし、そこから西に向けて蛇行を始めるのである。

「江川崎」では、宇和海のほうが近くなる。しかし、そちらへは向かわずに南下し中村の市街を通って、太平洋に注ぐ。この不自然な流れは、一体どのようにして生まれたのか。本書では、その原因を度々発生する「南海トラフ地震」に求めている。

太平洋側は地盤の隆起で山となり、川はこれを越すことができずに、しばらくの間「仕方なく」西に流れる。そして標高が30mまで下がった江川崎でようやく南下できた、というのが大ざっぱな説明になろうか。 ~本書第1章より

この四万十川は、中学のころに地名当ての遊びに興じながら最も行きたくなった場所だった。同じ頃、アメリカ横断ウルトラクイズを観ながら何度も確認したのが、米国の地図だった。そこに書かれた州境が日本の県境とは違って直線的だったのが、いまも強く印象に残っている。

第2章「境界は語る」では、このアメリカの州境についてこのように解説されている。

真っすぐな境界というのは不正確で、正しくは「経緯度を用いた境界」だ。地図では「直線」に見えるが、厳密には緯線は円弧の一部である(メルカトル図法でなら直線)。経線はどれも地球の中心を通る「大円」であり、それを真上から見れば直線だが、地球は球体(厳密にはわずかにひしゃげた楕円球体)なので垂直方向には直線ではない。  ~本書第2章より

ユタ、コロラド、アリゾナ、ニューメキシコの州境は1点で交わっている(フォーコーナーズ)。そこにはモニュメントがあり、両手両足を突いて「4州を股にかける人」というポーズで写真を撮るのが定番という、名物観光スポットになっているそうだ。

帝国書院の本だけあって、あの懐しい地図を惜しみなく使いつつ面白い雑学をどんどん紹介していく内容である。地理好き、雑学好きにはたまらない。皆様は、地図に描かれた「名産イラスト」をご記憶だろうか?かつて私は、そこから地方色を嗅ぎ取ったものだ。

第5章では、統計などとともにこの「名産イラスト」について触れている。大分の国東半島にカメラの絵と「デジタルカメラ」の文字があるので調べてみると、キヤノンの事業所がある。地図帳の紙面には、世界の入り口が、キラ星のごとく無数に並んでいるのだ。

ここまで書いてきて、「地図帳を捨てなかった理由」がもう一つあることにようやく気づいた。それは「学び尽くせてないから」なのだ。何度眺めていても、新しい発見がある。それが、地図帳の本質なのではないだろうか。

忙しい日々。座右に地図帳を置いてみてはどうだろう。何かに煮詰まったとき、天井に向かって「OK Google!ボサノバをかけて」と叫ぶ。そして、ゴロンと寝転んでブラジルの地図を開いてみよう。地図帳のムコウには、まだ見ぬ明日が待っている。


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