コ2【kotsu】特別対談 バートン・リチャードソン×長田賢一 第一回
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来る10月、今年もバートン・リチャードソン氏による来日講座が行われる。それに先立ち、昨年の講座の際に行われたバートン氏と大道塾空道・武心學舘 長田道場師範 長田賢一氏との対談の模様をお送りする。
東南アジア武術の研究家にしてJKDアンリミテッドの創始者のバートン氏については、既にコ2ではご紹介の通りだ(過去記事はこちらから)。今回対談のお相手を務めて頂いた長田師範といえば“ヒットマン”の異名で80〜90年代の格闘技界に名を馳せた伝説的な空手家。現在は大道塾空道仙台西支部支部長・武心學舘 長田道場師範として後進の指導にあたるとともに、ご自身は一人の稽古人として居合・剛柔流空手・修験道などを学んでいる。
コ2【kotsu】特別対談
バートン・リチャードソン×長田賢一
第一回 「如何にして武術を学ぶのか」
インタビュアー・文●コ2【kotsu】編集部
通訳&取材協力●光岡英稔師範
レジェンド同士の対談は終始和やかな雰囲気の中で行われた。
コ2編集部(以下、コ2) 本日はお忙しいところありがとうございます。今回のセミナーのテーマとなっている「護身」というアイデアは光岡先生の方から出たと伺ったのですが、バートン先生はこのテーマを聞いたとき何をしようと思われましたか?
バートン・リチャードソン(以下、バートン) 「これは最高だ!」というのが私の印象でした(笑)。
コ2 その理由は?
バートン 私が通常のセミナーでも触れていたことだからです。前半はMMA(Mixed Martial Arts 総合格闘技)とブラジリアン柔術で、後半はシラットとムエタイという構成には凄く興奮しましたし、実際2時間そのテーマに沿って集中できるということは私にとってもとても良いことでした。
コ2 長田先生は護身というテーマについてどういう感想をいだきましたか?
長田賢一(以下、長田) 昨年のセミナーにも参加させて頂いていて、今回はカリやシラット、ナイフ、多人数と我々とは全然違う視点なので凄く期待してきました。
コ2 長田先生と言えば、大道塾(現・大道塾空道)で一時代を作られた、伝説的な名選手です。
長田 いえいえ大昔のことなので。
コ2 現在は大道塾の支部長をされながら様々な武道も学ばれていると伺っています。長田先生のように試合の経験をされた方が、試合を行わない武術を学ぶにあたっての温度差などは感じられなかったのでしょうか?
長田 この10年ほどは自分の身体感覚の深い部分を追求していて、その部分を学びたくて色々な武道を学ばせて頂いていることもあり、そうした試合が「ある・ない」という差はあまり感じていません。また実際に学ぶうちに、技術的にも共通する部分が沢山あって、例えば今日のセミナーで教えて頂いたムエタイの首相撲や(蹴り足の)スイッチだったりが、競技を離れてより前提が広い対象になったことで理解が深まることもありとても勉強になります。
バートン ありがとうございます。まず最初に長田先生のようなレベルの方が私の講座にいらっしゃって頂けたことに感謝します。長田先生は新しいことをせず、これまでご自分が築き上げたポジションに留まっているだけでも十分安泰な立場にいらっしゃると思います。そういう方が、もしかしたら自分にとって必要ではないことがあることを承知で足を運んで頂けたその姿勢に強いリスペクトを感じています。またもし何か少しでも今回のセミナーがお役に立つことがあればそれはとても嬉しいことです。
昨年もそうでしたが、私の方ができれば長田先生にプライベートで習いたいとお願いしたいと思っているほどです。
長田 いえいえ、こちらこそです。
ムエタイの首相撲について説明するバートン先生。
スパーリング、試合で学ぶこと
コ2 お二人とも多くの生徒さんを指導されていると思いますが、その中には試合を目的にしている人とそうでない人がいると思います。実際に稽古の中で、分けたり教え方を変えたりされて指導されているのでしょうか?
バートン 例えばウェイトトレーニングとかボディービルの違いと言うのでしょうか、どちらも重いものを持ち上げることは同じですが、やはりプロフェッショナルな競技者であれば、トレーニングに注ぎ込む時間や熱意も違いますね。
ですからやはり競技者の場合には、競技にフォーカスを当てた指導をするようにしています。例えば武術においてプロフェッショナルな人がいたとすれば、サンドバックを叩き、ミットを行い、スパーリングを行います。ですが、私の生徒にはお医者さんや弁護士もいて、そういう人たちは別に競技に向けて練習をする必要はありませんので、彼らに対しては強度を下げた安全な練習をするように指導しています。
長田 うちの道場の場合は、空道とそれ以外の生徒がいます。基本的にはどちらも空道の所属ではありますが、実際に試合に出る人間は全体の2割程度ですね。私自身ベースとして「試合は指導の手段として試す場」という位置づけで、一番の目的はやっぱり「自分自身を高める」ことですね。そうした自分の技なり気持ちなりを確認する上で、試合は有効だなと思ってます。そういうこともあり私自身空道に所属しているわけです。
コ2 では長田先生の道場では教え方自体同じなのでしょうか?
長田 そうです。ただ試合の前になれば当然試合に即した練習をします。そういう意味ではバートン先生と同じ感じかも知れません。
バートン 長田先生のお話を伺って一つ思い出したお話しがあります。私の生徒で柔術が大好で熱心に練習しているのですが、試合には興味がない人がいました。私はそんな彼を見ていて、入門から四年ほど経った頃「今度の大会に出てみない?」と誘いました。彼は同意して大会に向けてそれまで以上に熱心に練習に励むようになりました。本当にシリアスに練習に臨んで、最初のトレーニングセッションで数カ月分のトレーニングが凝縮したような感じでした。
つまり試合に出るということが彼のモチベーションを凄くアップしたわけです。またそうした集中した練習を行うことで、自分のやっていることをより深く理解することができるようになりました。
特に素晴らしかったのは技術面以上に、実際に試合に出るというプレッシャーがかかることによって、そうしたなかで自分に何ができるのかということや、それまで自分の知らなかった部分が現れてくることが彼にとって凄く良い効果があったのです。
コ2 試合をすることによって見えることがあるわけですね。
ただその一方で、試合によって武術自体が変わってしまうということもあるかと思います。今日のセミナーでムエタイとシラットの違いとして蹴り方の違いが紹介されていましたが、ムエタイもまた最初から競技であったかと言えば違い、そもそもは武器術を含んだものだったと言われ、シラットに近いものだったのではないかと思います。
バートン その通りです。私の研究ではほとんど同じものだと考えています。
コ2 シラットと同じく伝統武術であったムエタイが、ボクシングの影響を受けて競技化が進みグローブをつけ、金的が反則となったことから、今日ムエタイのイメージにある強い回し蹴りが発展した。それは進化と捉えることができるでしょうが、一方でそもそも持っていた武術性、武器術や対多人数であること、さらに本来であれば相手の急所を斬り、打ち戦闘不能、あるいは殺してしまうという武術本来の要素が見えなくなりました。そういう意味で武術と試合の関係性、あるいは距離感についてはどのようにお考えでしょうか?
バートン 競技にすることで武術本来の要素を失ってしまうというのは自然な現象だと思います。
ただ私はスパーリングや試合には武術の持つ「恐怖」の部分に繋がる大事な役割があると思っています。今回のテーマであった護身ですが、正直に言えば実際の場面では何が起こるか分かりません。そうしたことを考えればやはりスパーリングを忘れることはできないと思います。そうでないと掴んだ場所にずっと手を置いてくれるような相手にしか効かない技になってしまうからです。
笑い話のようですがそうした練習しかしていないと、相手が全く抵抗しない中でしか通用しない技になってしまうことはよくあることなんです。競技というのは決して現実とは同じではありませんが、それでも試合のなかで相手から感じる圧力やプレッシャーなどが感じることができます。重要なことはそうした恐怖と向かい合う自分を養うことです。例えば長田先生は試合に出るのが初めての頃の気持ちはいかがでしたか?
長田 そうですね、恐怖とかありましたね。
バートン 多分ちょっと気が上がってってしまったり、不安を感じたり、そういう自分の感情と向き合うチャンスが競技を通じてあると思います。そこで初めて相手に向かっていくということが試される。入るべきタイミングなのかそれとも護るべきなのか。リスクを承知で打ち込んでいくということがそこで試されます。そこで自分自身の技術に対する自信を学ぶことができるでしょう。また今の時代はスパーリングや競技以外でそうした感情に向き合うチャンスは少ないでしょう。
実際に自分よりも技術があるかも知れない人と向き合って、その人が本気で自分を倒そうとしてくる。そういうことを経験するということは自分自身の技術や気持ち、感情をうまく理解することにも繋がっていくと思います。
例えば長年シラットの稽古をスパーリングなしでしていた人がいるとします。彼がもう10年以上やっていた技があるとします。恐らく長田先生はこの技を知らないでしょうが、もし私が長田先生に教えれば、10分後には先生であれば実際にスパーリングの中でどうやれば使えるかが分かり、活用できると思います。長田先生ほどの経験がある方であればそうしたことは特別なことではありません。
しかしスパーリングなしの人が同じように動けるかと言えば難しいと思います。稽古で練習しているフォームや技術を実際の動きの中で使う為には、実際の相手との間に隙を見出し入っていく必要があるからです。その為にはやはりスパーリングなどの経験を経てではないと難しいと思います。
長田先生は恐らく動きの中で相手の隙を見つけ乱すというスキルについては私よりも優れていらっしゃる思います。動きを読んで距離感を感じてタイミングを計るといったことを経験的に知っておられるからです。ですから長田先生のような方であれば、学んだことを自分の中で消化し実際に使えるようにすることができると思います。
長田 恐縮です。
一受講生として講座に参加する長田師範。
今は人類史上始まって以来の武術を学ぶチャンス
バートン 一つ質問があるのですが、長田先生ご自身が今の私のお話を聞かれて、ご自身であればこう考えるな、捉えるなということがあれば教えて頂けませんか。
長田 私はより多くの方に武道のエッセンス、素晴らしいものを生かせられればと思っています。試合に出る人というのはやっぱり体が大きくて強くて、そういう戦闘を好む人が多いと思うんですね(笑)。だけどそうじゃない人たちにも、例えば「相手の隙を見出して自分が崩れない」とか「勇気を持って物事に当たる」とか、そういったことは別に試合でなくても普段の生活の中で試され、必要とされることがあると思います。
これは日本に限ってのことなのかもしれませんが、現在は武術武道というものがある種血生臭くない状態で学べる、そのエッセンスを生かせる人類始まって以来のチャンスではないかと思っているんです。というのは武術はその時代時代で仮想敵がいて、それに色々な社会的な要素や死生観が絡み合ったものだと思います。ただいずれにしろ常にその時々に存在する仮想敵に対してどうするかということが基本にあったと思います。
ただ武術そのものは、そういう仮想敵を超えたところに到達点があって、そこに向かって技術なり自分を高めていくということがあったのではないでしょうか。
日本の俳人・松尾芭蕉の言葉に“古人の跡を求めず、古人の求めしところを求めよ”と「先人が作ったものに目を向けるのではなく、先人が何を求めていたかに目を向けるべきだ」という言葉があります。
バートン 素晴らしい言葉ですね。
長田 もし仮想敵が存在しなければ、本来我々の先祖はもっと高みを目指したり、自分をこの世界に役立てようとか、そういった視点で武術を追求することができたのではないかと思うんです。
ですから今の日本はそうした仮想敵を想定しないで、先人が作り上げた技の使い方や、体の使い方、自然な動きのなかで、より原初的な感覚を感じながら先人が求めた自分自身を高め、役立てれるような部分を追求できるのではないかと。そういう意味では、踊りとか武術の体の使い方を本当に精査して、より微細なものにしていければと考えています。試合にしても、そうしたことを試せるようなものになれば、より広くに役立てられるのではないかという思いが今はあります。
今回先生にお会いできて凄く興味があったのは、私は現在居合と古流の剛柔流空手を学んでいるのですが、本旨はやっぱり自分を役立てるとか高めるということで、そのなかでも特に「体の原初感覚とは何か」ということに興味を持っています。バートン先生は様々な武術を経験されてらっしゃいますが、そうしたものを学ぶなかで、結局「人間にとって武術とはなにか」という本質を求めていらっしゃるのではないかと思うのですね。
(第一回 了)
【バートン・リチャードソン来日講習会2018】のお知らせ
Jeet Kun Do(ジックンドー、截拳道)、東南アジア武術のマスター、世界的な第一人者来日決定! 以下の日程で行われる予定です。
東京講習会
10月6日(土)2コマ・東京23区内
10月7日(日)2コマ・東京23区内
10月8日(月・祝)2コマ・東京23区内
岡山講習会
10月13日(土)2コマ・岡山市内
10月14日(日)2コマ・岡山市内
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–Profile–
●長田 賢一(Kenichi Osada)
武心學舘 長田道場 師範。(社)全日本空道連盟大道塾 六段、(社)全日本空道連盟大道塾 仙台西支部 支部長、宮城県仙台第二高等学校空手道部 師範、有限会社BUJIN 代表取締役、仙台市空道協会 理事長。
北斗旗全日本体重別選手権大会 重量級・無差別級合わせて7回の全日本制覇
●バートン・リチャードソン(Burton Richardson)
ハワイ在住の武術家
JKD(ジークンドー)と東南アジア武術の第一人者
ブルース・リーのジークンドー・コンセプト、ジュン・ファン・グンフーとフィリピン武術 カリを継承し伝えるグル(導師)ダン・イノサントやラリー・ハートソールからJKD・インストラクターの認可を得る。
フィリピン武術に関してはアメリカ、フィリピン在住の多くのマスターやグランドマスターと交流し学ぶ。その多くは今となっては殆んど稀である、互いに武器を持っての素面で行う命をかけたデス・マッチやチャレンジ・マッチを生き抜いて来た世代のフィリピン武術のマスターやグランドマスターばかりであった。
カリ・イラストリシモの今は亡きタタン(フィリピン武術指導者最高の象徴)・アントニオ・イラストリシモから公認の指導者として認められる。
イラストリシモ門下の故マスター・クリステファー・リケットや故マスター・トニー・ディアゴ等と共にイラストリシモの下で稽古に励む。
グランドマスター・ロベルト(ベルト)・ラバニエゴにも師事しエスクリマ・ラバニエゴを習得。
フィリピン武術の世界では有名なドッグ・ブラザーズの立ち上げ当初のオリジナル・メンバーの一人でもあり、ニックネーム“ラッキー・ドッグ” の名前でも知られる。
インドネシア武術シラットにおいては、今は亡きグル・バサァー(最高導師)ハーマン・スワンダに長年に渡り師事しマンデムデ・ハリマオ流(インドネシアで失伝しそうであった16流派のシラットを受け継いだハーマンがまとめた流派)を修得。
アメリカを代表するシラットの指導者 ペンダクラ(導師の師)・ジム・イングラムにもムスティーカ・クゥイタング流のシラットを習う。
ペンチャック・シラットをペンダクラ・ポール・デトゥアス(最初にペンチャック・シラットをアメリカへ紹介したアメリカにおける第一人者)から習い、シラットにおけるグル(導師)のタイトルを授与される。
他にムエタイ、クラブ・マガ、南アフリカのズル族の盾と棍棒、槍の技術等を修得。
イーガン井上からブラジリアン柔術黒帯を取得。
90年代には総合格闘技UFCのコーチとしても活躍。
web site:「Burton Richardson’s 」
●光岡 英稔(Hidetoshi Mitsuoka)
日本韓氏意拳学会会長。日本、海外で多くの武道・武術を学び10年間ハワイで武術指導。現在、日本における韓氏意拳に関わる指導・会運営の一切を任されている。また2012年から「国際武学研究会(I.M.S.R.I.International martial studies research institute)」を発足し、多文化間における伝統武術・武技や伝統武具の用い方などの研究を進めている。著書に『武学探究―その真を求めて』『武学探究 (巻之2) 』(どちらも甲野善紀氏との共著、冬弓舎)、『荒天の武学』(内田樹氏との共著、集英社新書)など。
Web site: 日本韓氏意拳学会
国際武学研究会 bugakutokyo.blogspot.com
twitter:@mclaird44