鈴木秀樹の『エクレアと人間風車』 第六回 フィジカルチェスの教授法③
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来る1月19日より日貿出版社より『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』を上梓する現役プロレスラーの鈴木秀樹さん。鈴木さんは“人間風車”の異名を持つ、名レスラー・ビルロビンソン氏より、キャッチ アズ キャッチ キャン(以下、CACC)と呼ばれる、プロレスの源流ともいえるレスリングを学び、現在フリーのレスラーとして、様々な団体で活躍しています。
そこでコ2【kotsu】では、『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』の出版記念集中連載として、鈴木さんにビル・ロビンソン氏とCACCについてお話しを伺いました。
第六回目の今回は、反則と兄弟子・井上学さんのお話です。
『エクレアと人間風車』
第六回 フィジカルチェスの教授法③
語り●鈴木秀樹
構成●コ2【kotsu】編集部
ほぼ反則、エルボースマッシュ
そういえば、エルボースマッシュを習ったことがありますよ。ジムに僕と井上さんしかいない時に、ロビンソンがサンドバックに体当たりをし始めたんです。エルボースマッシュをしているつもりだったんでしょうね。でも脚が悪かったし、僕も井上さんも「組み技」って頭があるから、何をしているか分からなかった。それでもなんとか「エルボースマッシュだ」と気づいて、反則じゃないかって聞いたんです。そしたら
「ナックルで殴らなければ反則じゃないだろ」と。
だから僕もスパーリングでエルボースマッシュを入れますよ。もちろん体格の良い大学生とかにしかやらないですけれど。パーンと入れて、相手がウッってなった瞬間に有利なポジションを取っちゃう。ロビンソン的にはナックルパンチと蹴りだけが反則で、他は何をやっても良いんです。
昨年行われたCACC講座でのワンシーン。ロビンソン直伝のヒジで顔面を擦るテクニックを披露
いつだったかな。首を取ろうとして取れなかった時のスマッシュを教わりました。防がれた瞬間にスマッシュを入れる。するとウッとなるから、その瞬間に脚を取りにいく。普通のレスリングならどう考えても反則ですけど、面白かったですよね。そういう技ってなかなか聞けないじゃないですか。
他にはエルボーをこすりつけるように使うのもありますね。顔をひねるように使ったり。そういうのはカール・ゴッチが有名ですがみんなやってましたね。同じCACCですから。僕もスパーリング中にアームスロー(柔道の一本背負いに似た投げ技)をしようとしてうまくいかなくて、自分のおでこで相手の顎を擦り上げる様にしてから投げたことがあるんです。すると相手は「イタっ!」って言って手を緩めたので、その瞬間に技を決めました。それを見ていたロビンソンは「ナイスチェンジ」とか言うんですよ。そういうダーティーなチェンジもあります。
ロビンソンは、
「自分が知ってるレスリングはもっと激しくて、テクニカルだった」
って言ってました。そういう激しさがあるからこそ、テクニカルなんだって。安全に、安全にと配慮していくほどアマチュア的になって、技術が失われてしまう。もっとも表面的な技術は今も昔も同じようなものなんでしょうけれども、使い方が違ったんじゃないかと思うんですよ。だからって昔が特別だったってわけでもなくて、そういうもんだったんだ、と。
兄弟子・井上学さんとのスパー
ロビンソンはそういう反則ギリギリの技を教えるだけでなく、必要があればルールを踏まえて教えてくれます。僕の兄弟子の井上さんはパンクラスのチャンピオンを取りましたが、彼には「短距離走で行け」と言ってました。「今のMMAは100メートル走だぞ」と。
でもあの人は性格的なものか、それができない。根がマラソンランナーなんです。それでネチネチとしつこく攻め続けて、勝っちゃう。井上さんは、もともと柔術とかも好きだから下から潜るのも好きなんです。これはピン・フォールを嫌うロビンソン的にはあまり良くないと思うんです。でもとにかく手を止めない。しつこいんです。技いくじゃないですか、失敗するじゃないですか、そこに相手が対応してくるところにまた対応する。それがとにかくしつこいんですよ。体力あるから、延々と続く。そのうち相手も飽きて疲れてきちゃう。そこのところはロビンソンの教えを忠実に守ってますね。
あの人の強いところはそこなんです。パンクラスのバンタム級で防衛戦をやった時もそうでした。パンチをかわしてレッグダイブして、よじ登って仕掛けていく。それを延々とやり続けるんです。だから勝つには勝ったんですけど、何が決め手になってるのか分からないんです。嫌がらせして勝ったみたいな感じ(笑)。だから宮戸さんもよく言ってますよ。井上はクドイって、女に嫌われるって(笑)。
僕の方がわりと博打するタイプなんですが、井上さんはしない。もう少し博打した方がいいんじゃないかと思うくらいです。それに諦めない。捨てないんです。試合を見てて、もう負けろよって思う状況でも絶対に止まらない。5分3Rなら判定で負けちゃうような試合でも、無制限一本勝負だったら勝つんじゃないかなと思いますね。諦めないから。
僕が井上さんとスパーリングをする時はそこを想定してました。井上さんは身長160センチちょっとくらいで体重は50キロちょい。僕は体重100センチちょっとで、191センチ近く身長があります。階級で言えばバンタムとヘビーですけど、スパーリングやってましたよ。ずっとやってましたねえ。
ハーフハッチを指導する鈴木選手
でも僕は体格差があって、試合時間が限られているからこそ無理矢理取れるというシチュエーションではフォールやサブミッションを取りにいきませんでした。それはそれで技をかけられるから正解かも知れません。でも違うと思って、わざと自分を悪いポジションに置いたりしたんです。するとテクニックが磨けるんですよね。
向こうも大きい人とやるの慣れたと思いますけど。無理に力づくで技をかけても面白くないんですよ。そこはロビンソンからそういう教育を受けたからでしょう。面白さが感じられなくなったんです。力技で持ち上げてマットにばーんと叩きつけるようなのはあまり好きじゃなかった。それよりもうまくカウンターを決める方が好きでしたし、試合を見るのも軽量級の方が面白かったですもん。ヘビー級はおおざっぱじゃないですか。あれはあれで面白いんですけど、どちらかと言えばウェルター級とかライト級の試合を見てる方が技術的に楽しめるんです。
井上さんとはこないだ何年かぶりにスパーリングをしたんですけど、相変わらずしつこかったですね。女に嫌われるぞ、と思いましたよ(笑)。その井上さんがチャンピオンになった試合と僕のデビュー戦は、ロビンソンが日本にいる時に見てもらうことができました。それはとても良かったです。
(第六回 了)
書籍『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』
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著者●鈴木 秀樹(Hideki Suzuki)
すずき・ひでき/本名同じ。1980年2月28日生まれ、北海道北広島市出身。生まれつき右目が見えないというハンディを抱えていたが、小学生時代は柔道を学ぶ。中学時代にテレビで見ていたプロレス中継で武藤敬司に魅了され、プロレスの虜になる。専門学校卒業後、上京。東京・中野郵便局に勤務。2004年よりUWFスネークピットジャパンに通うようになり、恩師ビル・ロビンソンに出会う。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンを学び、2008年11月24日、アントニオ猪木率いるIGF愛知県体育館大会の金原弘光戦でデビュー。2014年よりフリーに転向。ZERO1やWRESTLE-1、大日本プロレスなどを中心に活躍。191センチ、115キロ。