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点と点。点を線にしない商売は完璧に遂行できる。しかし完璧が崩れる瞬間も稀にある。つまり人の心の世界には夜逃げは通用しないのだ。

小さな点のような手がかりを大変な努力で
結びつけて線、つまり、しっかりした証拠にして
完全犯罪を崩す感動の推理小説で
松本清張さんの「点と線」という名作がありますが・・
 
「線にしちゃいけないの・・・
点のままにする。それが私たちの仕事なのよね」
なんて言っているのは、昼間は弁護士事務所の事務員さんで
夜は夜間大学生の弓子です。彼女は親友?のKと組んで、
点と点を線にしない商売をやっています。
「最初の頃は、ギャラがいいのは気に入ったのよね・・
でも、失敗が許されない内容にはビビったわよ」
と言いながら弓子はKに微笑みかけました。
 
高校を卒業して、いくつかの仕事を転々として
商売を始めていたKの仕事は外見は便利屋でした。
赤ちゃんの子守、老人の介護から引っ越しの世話まで
何でもやると言うことで食いつないできたKでした。
そんなKが、この最近、羽振りがよくなったのは
弓子と組んで始めた稼業のせいです。弓子とKは、何かの事情で
こっそりと引っ越しをする人の手伝いをしているのです。
簡単に言えば、夜逃げのお手伝いですね。
 
テレビや映画で夜逃げの話はありますが、現実は、もっと
泥臭い仕事です。不要のゴミを捨てる場所には十分神経を使います。
変なところに捨てると、最近は警察に電話する住民が多いからです。
依頼人に子供がいる時も気を使います。学校に通わせるには
住民票の変更が必要だからです。金融業者だと、住民票を
移動すれば数日で、居所をつかんでやって来るからです。
ひょっとしたら警察より早いのではないかと思うほどですよ。
 
たとえば、板前の武さんは多額の借金を背負っていました。
普通の借金なら弁護士に頼んで自己破産でもすればチャラですが、
裏の筋から借りた分は、そうは行きません。地獄の底まで
追いかけてくるとは、このことであります。幸い、武さんは
腕の良い板前でした。嫁さんは2年前に分かれたそうでいないし、
子供もいないようでした。そこで、弓子とKは人手の足りない料亭や
寂れた温泉旅館や民宿を一ヶ月ごとに転々とすることを勧めました。
「次の行き先は、私たちが探すから武さんは
一生懸命、地道に働いて・・・ただし、女には気をつけてね」
そんな弓子のアドバイスとおり、武さんは半年間無事逃げ続けました。
しかし、とうとう武さんは追っ手に捕まってしまったのです。
「理由?女よね・・・あれほど言ったのに。武さんは3ヶ月前に
勤めていた料亭で知り合った女とできちゃったの。
その女には、離婚した夫との間に幼稚園児の女の子がいて、
ここ二ヶ月ばかりは女子供連れで夜逃げをしていたようね。
バカねえ、武さんも。これで見つからなきゃ嘘よ」
 
弓子は苦笑いしながら続けました
「事実は小説より奇なりと言うけど・・・・・
点と点が線になってしまう所で人間の情愛が絡んでくるのは
現実も小説も同じかもね」
 
どうやら、人の心の世界に夜逃げは通用しないようです。
 

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