どんなに体力や運動神経があっても、力みすぎたり、精神的に弱気になったりして力を発揮できずに消えていく選手は非常に多い。そんな選手を再生できるトレーニングがあればいいんだけど。
「なんとかベンチには入れるけれど
試合では投げられないだろうな」
晴れてチームは甲子園を出場決めたものの
浩一が監督から渡された背番号は
高校野球では補欠の10番だった。
浩一は、誰よりも早い速球が武器だった。
でもコントロールが全然ダメでストライクが
入らない。それでも一度だけ、チャンスはもらった。
準決勝だった。
「父ちゃん母ちゃん、ついでに愛ちゃんまで
来てたのになあ」
家族はいつものことだから気にならなかったが
恋人の愛まで来たものだから、浩一は
猛烈に張り切った。でも、やっぱり力が入りすぎて
ストライクが入らない。ファーボールに暴投を
連発したあげくホームランを打たれて、
あえなく1回でノックアウト。
幸い、次に投げた同級生でエースの佐藤が
好投して、みごと逆転勝ち。
「コウチャン、がっかりしないで」
愛はそう言って、準決勝のあとも励ましてくれたが、
浩一はウンウンと頷くだけで精一杯だった。
その次の決勝も
佐藤の好投で、念願の甲子園出場権を得た。
そんなわけで、憧れの背番号1はコントロールが良くて
安定感抜群の佐藤の背中にある。
甲子園でも佐藤は安定していた。
一回戦もニ回戦も、予想通り佐藤が
投げきり完勝、浩一の出番はなかった。
準々決勝は優勝候補のS商業だから、
いまさら浩一の出番はない。監督も選手たちも
佐藤の先発で行くと前夜のミーティングで
決まっていた。
しかし・・・・・
翌朝、佐藤が腹を抱えて苦しみだした。
ストレス性の胃けいれんだった。
優勝候補相手の緊張感や予選からの
疲れがたまっていたのかもしれない。
とうとう浩一に出番が回ってきた。
エースの佐藤はベンチには入っているが
とても投げられる状態ではない。
かなり熱もあるようで、真っ青な顔をしている。
試合開始のサイレンが鳴った。
「行くしかない」
一生懸命投げた浩一だが、
やっぱりボールボールの連続。
ひとりのアウトも取れずに
3人連続フォアボールで満塁になってしまった。
次は、4番バッター今大会ナンバーワンと言われる
強打者だ。早くも浩一は追い込まれてしまった。
みんながマウンドの浩一の所に
心配そうに集まってきた。
「真ん中に投げろよ」
と言うキャッチャー。
「打たれてもいい。気楽に投げろよ」
と言う一塁手。
みんなの励ましの言葉は、予選準決勝の時と
同じだ。浩一の脳裏に、ホームランを
打たれた記憶がよみがえってきた。
ああ・・・もうダメだ。
その時、ベンチから佐藤が走ってきた。
ほんの10数メートル走っただけなのに
肩で息をしている。
さすがエースの佐藤の言うことは違う
「おまえ 相手を見上げていないか。
優勝候補かなんか知らないけれど
同じ高校生だ。見下ろす気持ちで投げろよ。
投げたくってもなげられない俺の分まで」
佐藤の言うとおりだった。
「投げられるだけ幸せなんだ」
浩一は、目が覚めたような気がした。
結果ばかり考えて、クヨクヨしてばかりの
自分がなさけなかった。
みんなが守備位置に散っていった。
いったんベンチに帰ろうとした佐藤が
何か思いだしたようで戻ってきた。
佐藤は、笑顔で浩一に囁いた。
「今のは建前で、彼女の為に頑張れよ。
俺も、そうだしな・・・」
佐藤は、そう言いフラフラと走ってベンチ
に戻っていった。どういうわけか、
とてもリラックスした浩一は
愛の笑顔を胸に秘め、ただひたすら投げ始めた。
そのあとの浩一の好投は、見違えるほどだった。
相変わらずコントロールは悪かったが、
何とかストライクが取れ始めると、
バシバシ三振の山を築いた。9回まで1点も
与えずに投げきり勝利をもぎ取ったのだった。。。
さて、この話にはオマケがある。
決勝では健闘むなしく敗れたK高校だが、
この日の好投がプロ野球のスカウトたちの印象に残ったらしく
浩一は年末のドラフト会議で指命されている。
そんな浩一のためにプロ球団が浩一の為に用意した
背番号も10だった。