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赤ちゃんの奇跡

久しぶりにいっちゃんの健康診断が土曜日だった。
家族4人で久しぶりに病院に出かけた。
今までは自動車だったが、電車で病院まで行った。
なんと、初めていっちゃんが電車に乗ったのだ。
何も分からず、パフーパフーと電車の窓につかまり、景色の流れを見ているいっちゃん。
そのいっちゃんに、一生懸命、
「あれが特急や」
と事細かに解説する6歳のマー君だ。
健康診断は、いつもどおりの手順なので、担当の医師と看護婦さんに任せておいた。
奇遇だったのはその日、たまたま出勤だった親愛なる婦長さんとの再会だった。
いっちゃんが生まれて三日目に救急車で担ぎ込まれた日、
「赤ちゃんの病気を治すのは、薬でもなく、看護婦でもなく、
医者でもありません。ご両親の愛と、それに応えようとする
赤ちゃんの生命力です」
と言ってくれた方だった。
私がいっちゃんをあやしていると婦長さんは妻に、私の目の前で、こんな話を始めた。
「もう9ヶ月になって、こんなに元気になってこられたから、あえて言うんですが、お子さんが生まれてすぐに入院して、それこそ生死の間をさまよったなんて、もう忘れた方がいいかもしれません。言葉を変えれば、人に言わない方がいいです」
妻「どう言う意味ですか?」
「生後三日間で、子供に点数が付くってご存じですか。有名幼稚園や小学校に入学させる際に生後3日間の状態を、とりあげた産婦人科医が10点満点で採点するんです。たとえば、生まれた瞬間に、あまり泣かなかったら
マイナス1点。ミルクの飲み具合が悪ければ、マイナス1点という感じです」
「知りませんでした」
「あちこちで開業している産婦人科病院によると、本当は5点でも7点や8点にしたりするところ出ています。少しでも、病院の評判を良くしようと思ってです。だから、お子さんも、あんなことがあったって人には言わない方がいいかもしれません。たとえば、もし、あの3日間の点数をつけたら、
いっちゃんは、0点ではないにしても、1点くらいでしょう。他の何不自由なく生まれた子が10点ならね。そんなことで、何も悪くない子供の人生に傷が付いたら取り返しは尽きませんから」
そんな話をしてくれた婦長さんに妻は笑って言った、
「そうですね。この9カ月間、何度も、この子といっしょに死のうかと思ったことありました。いろいろありましたから。で、最近、やっと吹っ切れてきたような気がします。隠したって、調べれば分かることですし。そうなら、そんなことがあっても、こんなに元気でやってるんだぞ、って試練を乗り越えてきたことを誇りに思う子になって欲しいと思います」
その妻の言葉を聞いて安心したのか婦長さんは、
「そうですか・・それならいいんです。気にされている方が多いですから。お尋ねしたまでです。御主人も同じ意見ですか?」
「はい。いつも言ってます。そんなことあったからこそ、立派に育ててやらなあかんって」
「そうですか。それは良かった・・・私も、そう思います。私は赤ちゃんの奇跡を信じてます。絶対に駄目だって言われた赤ちゃんが歩き、そして、言葉を話す。理屈やないです。看護婦の力じゃない、もちろん、医者の力でもない。赤ちゃんの持っている力・・・科学や言葉では説明のできない不思議な力があるんですから」
情熱一杯の婦長さんは、力を込めて話していた。
そんな婦長さんの話に耳を傾ける妻も、少しは強くなったのかもしれない。
私はいっちゃんをあやしながら、何とも言えぬ充実感に浸っていた。
しかし、黙って聞いていると二人の話の話題は、いつまでもいっちゃんのことだけに留まってはいなかった。動物ビスケット、動物が食べるビスケットではなく、動物の形をしたビスケット、と果汁グミを交互に食べるマー君を見ながら、それはそうと、
「どっちのお子さんもお父さんそっくりねえ」
すると、妻は、
「そうですね。なんか三人子供がいるようで」
「はっはは・・・奥様は、皆さん、そうおっしゃってますよ」
「うちの場合は特にそうなんですよ」
「そうそう、今だから言いますけれど、生まれて三日の赤ちゃんが、
入院したのに、わざわざテープを持ってきて大人向けの映画音楽を聴かせたのは、おたくの御主人だけですよ。普通は童謡ですよね。病院内では、今でも語りぐさになってますよ。ハハッハハハ」
最後は、女性特有の井戸端会議風笑い話になっていたが、おいおいおい、俺はここにいるんやぞと言いたかった。

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