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伝統のあるホテルには、幽霊が現れる伝説が流れても不思議ではない。何百室も部屋があるような広大な場所は昔は誰それさんの屋敷だったとか珍しくないからだ。

とある港町のホテルでフロントレディーをしている麻子は、夜中の0時頃になると現れる小柄な美男子と話したことがあった。その美男子は、まるで昔のお公家さんのようなカッコをしていた。初めて会った夜、やはり、その夜も0時頃だった。麻子が
「お泊まりのお客様でございますか?」
と問いかけると、美男子は
「そでごじゃる」
とうなずいた。不思議なことに彼の姿は、麻子にしか見えないようで、他のホテルのスタッフに聞いても、みんな見たことも会ったこともないと答え、
「君、かなり疲れてるよ」
と、逆に心配されるくらいだった。
彼と会ってから、1年くらい過ぎた頃だった。麻子が、
「あなた、いつも現れるけど、一体、このホテルのどこに住んでるの?」
と尋ねると、
「そなたの傍におじゃる」
と、口を真一文字に結んで言った。
そんなある日、麻子は事件に巻き込まれた。フロントラウンジで、食事をとっていた暴力団の幹部ほか数名に銃が乱射され、幹部が暗殺されるという事件だった。ちょうど、その時、麻子のいるフロントにも流れ弾が飛んできた。麻子は、自分めがけて、飛んでくる弾丸のストップモーションを見た。麻子は、たぶん死ぬ瞬間は、こんな感じだろうと思った。それは、まるで、派手なアクション映画の1シーンようだった。
「ああ・・・私に当たる」
と思った瞬間、あの美男子の声が聞こえて、麻子は一瞬まったく別の世界に引きずりこまれた。そして、次の一瞬には、フロントに立っている麻子がいた。麻子は、自分の後ろの壁を振り返って背筋が凍る思いがした。というのも、その壁には弾丸が3発しっかり撃ち込まれていたからだ。
それから1週間、マスコミの取材や警察の現場検証などが終わり、久しぶりに平和な夜中の0時を迎えた麻子の目の前に、あの美男子が現れた。
「助けてくれたの、あなたね」
と麻子が言うと、彼は
「そなたは、我の存在の証なり」
と言って消えた。それから、彼は麻子の前に現れていない。
そんな奇跡のような出来事を、麻子はお母さんに話してみた。すると、お母さんは、
「そうねえ・・・その美男子のお公家さんで思い出したんだけど、私が、あなたのお父さんと結婚した時、死んだお爺ちゃんに家系図を見せてもらっんだけど、明治維新までは、あなたの御先祖様は京都のお公家さんだったそうよ」
「そしたら、彼は私のご先祖様の幽霊?」
「そうかも・・・」
麻子は、お母さんが言っていた家系図を探したが、お父さんも知らないと言う始末で何の手がかりも見つかっていない。

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