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人間、調子の良いときには、周りの言葉は耳に入らない。だから愚かなことをやっていても気づかない。でも落ち目になった時、本当に何が大切だったか、自分にとって誰が大切だったかがわかる。
酒場の隅で若い男たちがとぐろを巻いて、
何やら奇声を発したり、デヘッヘヘ・・と
そろって含み笑いをしている。
その中心にいるのが竜一だ。
「とうとう100人切り達成よ」
竜一はちょっと良い男なのを鼻にかけ、
物にした女の数を自慢している。
さんざん騒いで、やっと疲れたのか、
そろそろ、それぞれの寝ぐらに帰ろうと思ったのか、
竜一たちが酒場を出るやいなや、一同そろって
息を飲んだ。闇金融の元締めの根津が
屈強な男たち数人と通りかかったのだ。
「よー、竜一さん・・・」
根津がバカに明るく竜一に声をかけると、
男たちはアッという間に竜一を取り囲んだ。
竜一が、おいおい・・と情けない声を
出しても仲間たちはもういない。
「なあ、竜一さんよ・・・飲む金あるんだったら
うちにも入れてくれよ・・・50万もあるんだから」
根津の言葉に竜一の全身が震えた。
「もう、ちょっと待ってください」
「待てないな・・おい、こいつを
連れていきな・・・竜一さんは保険付きだから
全身打撲で入院でもすれば、支払いは済むって」
そのまま竜一は、引きずられるようにして
路地裏に連れて行かれた。
サンドバックのようにボコボコに殴られ
「た・・たすけてくれ・・」
と悲鳴を上げた竜一の声に誰かが答えた。
女の声だった。
「もしかして、竜ちゃんじゃないの・・・」
男たちは手を止めた。根津が振り返ると
そこにいたのは、竜一の一番最初の女で
幼なじみの由美子だった。由美子の傍には
育ちのよさそうな若い男もいた。
「由美子の知り合いかい・・・その人は?」
「ええ・・・幼なじみ・・実家の近所に住んでる人」
「そうか・・何か分けありだね・・」
その言葉に根津は目を光らせた。
「よかったら、あんさんが代わりに払っていただけますか
50万・・・」
由美子の傍らの若い男は、財布から、ありったけの札束を
取り出し、根津に手渡した
「これで30万ある・・・残りは、明日振り込む・・
口座番号を教えてくれないか・・・」
根津は口座番号を書いた名刺を手渡すとフンと鼻で笑って、
「運のいいヤツだ・・」
と言い残して去って行った。
根津たちが去るのを見届けると、由美子と若い男もその場から
消えた。後に残された竜一が、何とか起きあがろうと
もがいていると、ハイヒールの音が聞こえて目の前には
由美子が立っていた。
「おまえ、さっきの男といっしょに帰らなかったのか?」
「竜ちゃんを送ってあげなさいって」
「お前の彼氏か・・・」
「そんなんじゃないわ・・・ただの知り合い・・・」
そんな会話が交わされて、竜一は由美子が呼んだ
救急車で病院に運ばれた。その間、竜一はずっと
由美子の手を握って離さなかった。
「俺はバカだ・・・命拾いして分かったよ・・
由美子にしとけば良かったんだ・・・」
そう言って竜一は気を失った。
それから何時間眠ったのだろう。竜一が目を覚ますと
もう昼だった。看護婦に聞くと竜一は、まる2日眠って
いたらしい。眠っている間中、竜一の夢の中は由美子で一杯だった。
散々殴られ蹴られて、目が覚めたのかもしれない。
竜一は無性に由美子に会いたくなって、由美子の実家に
電話をかけた。竜一だというと、それだけで由美子の
母親は電話を切った。何度、電話をかけてもガチャンだった。
そんな扱いを受けても仕方がなかった。
3年前、竜一に捨てられた由美子は睡眠薬を
大量に飲んだと言う噂もあったからだ。
それでも、竜一は由美子に会いたかった。
だから、壁づたいに病院を抜け出し、タクシーに飛び乗り
由美子の実家に向かった。しかし、由美子の実家の前に着くと
鬼のような顔をした由美子の父と母が現れた。
由美子の父は、タクシーから降り立った竜一を力の限り殴った。
そして、由美子の母は、倒れた竜一にバケツ一杯の水をぶっかけた。
「これが由美子の流した涙だよ・・・由美子は、去年、御曹司と結婚したよ。
・・・なんだい・・・今頃、ノコノコと・・・」
そう言って由美子の父と母は家の中に引っ込んで行った。
たった一人濡れネズミの竜一は、路上に突っ伏して男泣きに暮れるだけだった。