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ぷち、ぷち、ぷちと花の首がとんでゆく。 足元には、首をもがれた花が落ち、絨毯のように

 ぷち、ぷち、ぷちと花の首がとんでゆく。
 足元には、首をもがれた花が落ち、絨毯のようにあふれだしそう。くさいくさいとののしられ、やきつくせよ、花と共に。小さな手をふったのは、赤くひかる川のむこう。
 幸男は走った。なにかを振り払うかのように、走って、走って、にげた。もどかしく、いつまでもこびりついて離れない、きもちわるい、とらわれている、得体のしれないものが、皮膚の中までしみこんで、細胞のひとつひとつまで浸透している。かきむしっても、かきむしっても、とれないシミ。はしれば、ふりおとせる?洗えば、おちる?願わくば、漂白剤のうみにもぐりたい。幸男は、わけもわからず走った。
 ぷち、ぷち、ぷちと赤い花の首がとんでゆく。あおい木々が見おろす中、踏みつけた足は浄められ、ぼくはうっとりとまどわされる。ちいさな赤い手は、詐術のようにかくされてきえた。赤い花の首をもげよ、快感とともに。チンチロリンとないたアオマツムシを焼け。せいぎの名のもとに。
 幸男の部屋は、真っ赤に染められていた。
 西の窓から夕陽が強く差しこみ、部屋中のものが全て赤くてらしだされいる。壁も、畳も、まっかに燃されるようだった。部屋中いたるところに並べられた花器も赤く染まっている。空き缶、ビン、マグカップ、カレー皿、全てが赤く、そこに生けられた花々は、いっそう鮮やかにひかり、みな顔のないまま幸男をじっとみつめた。赤い口紅、赤い鬼。その強い夕焼けは、幸男までも赤く、赤く、まっかに染めあげた。幸男は、自分の手のひらを見た。まっかだった。足も腕も、腹もすべてが赤かった。首も、顔も。幸男はまっかっかに染まっていた。
 めの前に赤い炎がみえた。もくもくと煙がたちのぼり、火片もろともまっくろな夜空にすいこまれていく。つんと、何かが腐ったような悪臭がただよう。鼻が曲がるような、くせえくせえ、醜悪なにおい。息がうまくできない。幸男は赤い海のなかで呼吸の仕方をわすれた。
 心臓があかく波うつ。鼓動が心臓をまっかに急いた。喉がかわいていた。にやにやと、おとなたちがわらう、しらじらと。ぬりかえられたしっぽ。とぼけてみせる、しらぬぞんぜぬ赤い花。幸男の皮膚は赤く、目ん玉も内臓も、髪の毛一本一本、足の爪先まで、ありとあらゆる隅から隅まで、細胞の繊毛一つ一つまで赤く、あかく、あかく。
 秋の夕暮れ、まっかな空にぽつぽつと、黒いかげが羽ばたいて、鳥が山へ舞い戻る。なぜなくカラス、赤んぼ思い、なくカラス。
 ぬるい風がふきぬけた。夏の終わりのなまぬるい風は、なんだか往生際のわるい最後の握りっぺのようだった。

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