【医師論文解説】画像診断の死角:喉頭癌に潜む"見えざる敵"の実態【Abst.】
背景
喉頭癌の治療において、初期治療後の再発に対して行われる救済的喉頭全摘術(salvage total laryngectomy: TL)は重要な選択肢です。
しかし、臨床的にリンパ節転移がないと判断された(clinically-N0)症例でも、実際には潜在的なリンパ節転移(occult nodal disease: OND)が存在することがあります。
近年、頭頸部癌の画像診断においてNeck Imaging Reporting and Data Systems(NI-RADS)が導入され、ONDの検出に役立つとされています。しかし、NI-RADSを用いても、術後の病理検査で初めてONDが明らかになる症例が存在します。
この研究は、clinically-N0と判断された救済的TL症例におけるONDの実態と、術前画像診断の再評価を通じて、その特徴を明らかにすることを目的としています。
方法
研究デザイン:後ろ向き研究
対象:2009年から2021年の間に、予防的頸部郭清術(elective neck dissection: END)を伴う救済的TLを受けた患者
主な評価項目:
ONDの発生率
病理学的特徴(リンパ節のサイズなど)
術前CT画像の再評価(リンパ節の形態など)
術前PET画像の再評価(SUVmaxなど)
NI-RADSスコアの再評価
結果
対象患者数と OND 発生率:
END を伴う救済的 TL を受けた患者:81名
OND が確認された患者:12名(16%)
同定された潜在的リンパ節の総数:26個
病理学的所見:
平均リンパ節長:0.6 cm(標準偏差 0.3 cm)
CT 画像所見:
円形の形態を示したリンパ節:8個(31%、26個中)
PET 画像所見:
大多数のリンパ節で SUVmax が血液プールよりも低値
NI-RADS スコア:
NI-RADS 2:1名の患者
NI-RADS 1:その他全ての患者
考察
OND の検出難易度: 術前画像の再評価において、潜在的リンパ節転移の同定は非常に困難であることが明らかになりました。これは、転移リンパ節のサイズが小さいこと(平均 0.6 cm)や、PET での SUVmax が低いことなどが要因と考えられます。
画像診断の限界: 現在の画像診断技術(CT、PET)やNI-RADSスコアリングシステムを用いても、小さな転移リンパ節の検出には限界があることが示唆されました。特に、NI-RADS スコアが1(疑わしくない)と評価された症例でも OND が存在したことは注目に値します。
END の意義: 研究結果は、臨床的に N0 と判断された症例でも、実際には 16% の患者に OND が存在することを示しています。このことは、END の重要性を裏付けるものと言えます。
予後への影響: 本研究では OND の存在が生存率に明確な影響を与えなかったことが示唆されていますが、END によって得られる病理学的情報は、患者の予後予測や術後管理に重要な役割を果たす可能性があります。
結論
臨床的 N0 救済的喉頭全摘術症例の 16% に潜在的リンパ節転移が存在することが明らかになりました。
術前の CT、PET 画像を再評価しても、これらの潜在的転移リンパ節の同定は非常に困難でした。
大多数の症例が NI-RADS スコア 1 と評価されたにもかかわらず、実際には OND が存在していたことから、現在の画像診断基準の限界が示唆されました。
予防的頸部郭清術(END)は、生存率に明確な影響を与えないかもしれませんが、重要な予後情報を提供する可能性があります。
文献:Chan, Tyler G et al. “Radiologic findings of occult nodal metastasis during clinically-N0 salvage total laryngectomy.” Head & neck, 10.1002/hed.27889. 2 Aug. 2024, doi:10.1002/hed.27889
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NI-RADS(Neck Imaging Reporting and Data System)の解説
NI-RADSは、頭頸部癌の治療後のフォローアップにおける画像診断の標準化されたレポーティングシステムです。2016年に米国放射線学会(ACR)によって導入されました。
主な特徴:
目的:治療後の再発や残存腫瘍のリスクを評価し、適切なフォローアップ計画を立てるためのツール
スコアリングシステム:
NI-RADS 1: 再発の可能性が低い(血液プール以下のFDG集積)
NI-RADS 2: 再発の疑いは低いが、あり得る(軽度のFDG集積増加)
NI-RADS 3: 再発の可能性が高い(明らかなFDG集積増加、形態学的変化)
NI-RADS 4: 確定的な再発(生検で証明された再発)
評価対象:
原発巣
頸部リンパ節
遠隔転移の可能性
使用する画像モダリティ:
CT、MRI、PET-CTなどを組み合わせて評価
利点:
標準化された報告により、医療チーム間のコミュニケーションが改善
経時的な比較が容易
適切なフォローアップ計画の立案に貢献
限界:
本研究で示されたように、微小な転移の検出には限界がある
経験豊富な放射線科医の解釈が必要
NI-RADSの導入により、頭頸部癌の術後フォローアップにおける画像診断の精度と一貫性が向上しています。しかし、本研究結果が示すように、潜在的なリンパ節転移の検出には依然として課題が残されており、他の臨床所見や検査結果と併せて総合的に評価することが重要です。
所感
本研究は、頭頸部癌治療における重要な課題に光を当てています。臨床的に N0 と判断された症例でも、実際には潜在的なリンパ節転移が存在する可能性が少なくないことが示されました。この結果は、救済的喉頭全摘術を行う際の治療方針決定に大きな影響を与える可能性があります。
特に注目すべきは、現在の画像診断技術や評価システム(NI-RADS)を用いても、これらの潜在的転移の検出が困難であるという点です。この知見は、画像診断技術のさらなる向上の必要性を示唆すると同時に、臨床医に対して画像診断結果の解釈に慎重さを求めるものと言えるでしょう。
予防的頸部郭清術の役割についても、本研究は重要な示唆を与えています。生存率への直接的な影響は明確でないものの、得られる病理学的情報が患者の予後予測や術後管理に貢献する可能性は高いと考えられます。
今後は、より精度の高い画像診断技術の開発や、潜在的リンパ節転移のリスク因子の同定など、さらなる研究が期待されます。また、予防的頸部郭清術の適応基準の最適化や、その長期的な臨床的意義についての検討も必要でしょう。
本研究は、頭頸部癌治療における個別化医療の重要性を再認識させるものであり、今後の臨床実践に大きな影響を与える可能性がある貴重な知見を提供しています。