【医師論文解説】予防目的のアスピリン、高齢者は中止しても安全か【OA】
背景:
高齢者における予防目的のアスピリン使用中止の純益については不確実性が残っていました。
この研究は、心血管疾患(CVD)のない高齢者におけるアスピリン中止と継続を比較するランダム化試験を観察データを用いてエミュレートすることを目的としました。
方法:
この研究は、70歳以上の成人を対象とした低用量アスピリン開始に関する研究(ASPREE)の試験後期間(2017-2021年)のデータを用いた事後解析です。オーストラリアと米国の参加者で、試験後介入期間の開始時(T0)にCVDがなく、直前にオープンラベルまたはランダム化されたアスピリンを服用していた人が対象となりました。
アスピリン中止群(T0直前にランダム化されたアスピリンを服用していた参加者;指示通りT0で中止したと仮定)とアスピリン継続群(T0でオープンラベルアスピリンを服用していた参加者;T0で継続したと仮定)の2群を比較しました。
主要アウトカムは、T0後3、6、12ヶ月(短期)および48ヶ月(長期)の追跡期間中の新規CVD発症、主要心血管イベント(MACE)、全死因死亡率、および大出血でした。アスピリン中止と継続を比較するハザード比(HR)は、傾向スコア(PS)調整Cox比例ハザード回帰モデルから推定されました。
結果:
CVDのない6,103人の参加者(中止群:5,427人、継続群:676人)が解析対象となりました。
短期および長期の追跡期間において、アスピリン中止は継続と比較して、CVD、MACE、全死因死亡のリスク上昇と関連しませんでした(HRはそれぞれ3ヶ月と48ヶ月で、CVDが1.23と0.73、MACEが1.11と0.84、全死因死亡が0.23と0.79、全てp>0.05)。
一方で、アスピリン中止は新規の大出血イベントのリスク低下と関連していました(3ヶ月と48ヶ月のHRはそれぞれ0.16と0.63、p<0.05)。
6ヶ月と12ヶ月でも同様の結果が見られましたが、12ヶ月では中止群で全死因死亡のリスクが低下していました。
具体的な数値を見ると:
CVDの発生率(1000人年あたり):中止群12.9 vs 継続群18.2
MACEの発生率(1000人年あたり):中止群10.2 vs 継続群12.2
48ヶ月時点での大出血リスク:中止群で37%減少(HR 0.63, 95%CI 0.41-0.98, p=0.04)
12ヶ月時点での全死因死亡リスク:中止群で61%減少(HR 0.39, 95%CI 0.20-0.77)
Per-protocol解析でも、主要な結果は intention-to-treat解析と一致していました。
議論:
この研究結果は、70歳以上の健康な個人において予防目的でアスピリンを中止することの安全性を支持しています。アスピリン中止後の短期間(3-12ヶ月)および長期間(48ヶ月)において、CVDやMACEのリスク増加は見られませんでした。
一方で、アスピリン中止は大出血リスクを短期的に63-84%、長期的に37%低下させました。この結果は、高齢者における一次予防目的のアスピリン使用を推奨しない現在の臨床ガイドラインを支持するものです。
結論:
この研究結果は、既知のCVDがない健康な高齢者において、予防目的のアスピリン中止が安全である可能性を示唆しています。
文献:Zhou, Zhen et al. “Short- and long-term impact of aspirin cessation in older adults: a target trial emulation.” BMC medicine vol. 22,1 306. 29 Jul. 2024, doi:10.1186/s12916-024-03507-8
この記事は後日、Med J Salonというニコ生とVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。
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用語解説:
心血管疾患(CVD):
心臓や血管に関連する疾患の総称。心筋梗塞、脳卒中、心不全などが含まれます。
主要心血管イベント(MACE):
心血管疾患関連の重大な事象を指す総称。一般的に心筋梗塞、脳卒中、心血管死などが含まれます。
ハザード比(HR):
2つのグループ間でイベント(この研究ではCVDやMACEなど)が発生するリスクの比率。1より大きいとリスク増加、1より小さいとリスク減少を意味します。
傾向スコア(PS)調整Cox比例ハザード回帰モデル:
観察研究において群間の背景因子の違いを調整するための統計手法。傾向スコアを用いてバイアスを減らし、より信頼性の高い結果を得ることができます。
Per-protocol解析:
臨床試験において、実際に計画されたプロトコルを遵守した参加者のみを対象とする分析方法。この研究では、指示通りアスピリンを中止または継続した参加者のみを分析対象としています。
Intention-to-treat解析:
臨床試験において、割り付けられた群に基づいて全ての参加者を分析する方法。実際の治療内容に関わらず、当初の割り付け通りに分析を行います。現実の臨床状況をより反映すると考えられています。
所感:
この研究は、高齢者における予防的アスピリン使用の中止に関する重要な知見を提供しています。特に、アスピリン中止後の出血リスクの大幅な減少は注目に値します。しかし、サンプルサイズが比較的小さいこと、主に白人の健康な高齢者を対象としていることなど、いくつかの限界があります。今後、より大規模で多様な集団を対象とした研究が必要です。また、個々の患者の状況に応じた慎重な判断が重要であることを忘れてはいけません。この結果は臨床現場での意思決定に大きな影響を与える可能性がありますが、さらなる検証と慎重な適用が求められます。
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