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【イグノーベル賞2024医学賞!医師解説】副作用が薬効を高める!? 驚きの研究結果【Abst】


背景

医療の世界では長らく、薬の副作用は避けるべき厄介者として扱われてきました。

しかし、最新の研究により、この常識が覆される可能性が出てきました。2024年8月、権威ある学術誌「Brain」に掲載された研究論文は、副作用が治療効果を高める可能性があることを示唆し、医療界に衝撃を与えています。

この研究は、ハンブルク大学医学センターの研究チームによって行われました。彼らは、治療の副作用が患者にとってマイナスになるだけでなく、効果的な治療の指標として機能する可能性があるのではないかと考えました。つまり、副作用が治療への前向きな期待を引き起こし、結果として治療効果を高める可能性があるという仮説を立てたのです。

方法

研究チームは、77人の健康な参加者を対象に、事前に登録された試験を実施しました。

参加者には、熱による痛みを与える前にフェンタニル(強力な鎮痛薬)の点鼻スプレーを投与すると伝えられました。

しかし、実際には点鼻スプレーにフェンタニルは含まれていませんでした。代わりに、以下の2種類のスプレーが使用されました:

  1. カプサイシン(唐辛子の主成分)を含むスプレー:軽い灼熱感という副作用を引き起こす

  2. 生理食塩水のみのスプレー:不活性で副作用なし

最初のセッション後、参加者はランダムに2つのグループに分けられ、機能的MRI(fMRI)検査を受けました。

  • グループ1:点鼻スプレーにフェンタニルが含まれている可能性があると引き続き信じさせる

  • グループ2:点鼻スプレーにフェンタニルが含まれていないことを明確に伝える

この設定により、研究チームは副作用と痛み緩和への期待を独立して操作することができました。

結果

この研究から得られた主な結果は以下の通りです:

  1. 副作用のある点鼻スプレーの効果

    • 副作用(軽い灼熱感)のあるカプサイシン含有スプレーを使用した参加者は、副作用のない生理食塩水スプレーを使用した参加者と比較して、痛みをより軽く感じました。

  2. 個人の信念の影響

    • 副作用が痛みに与える影響は、「副作用と治療効果の関係」に対する個人の信念に大きく依存していました。

    • 副作用が強い治療効果を示すと信じている参加者ほど、痛みの軽減効果が大きくなる傾向が見られました。

  3. 治療への期待の影響

    • 副作用が痛みに与える影響は、受けた治療に対する期待にも依存していました。

    • フェンタニンが含まれていると信じているグループの方が、そうでないグループよりも痛みの軽減効果が大きくなりました。

  4. 脳の反応

    • 機能的MRIのデータ分析により、副作用のある点鼻スプレーを使用した後の痛み刺激時に、下行性疼痛抑制系が関与していることが明らかになりました。

    • 特に、前帯状皮質と中脳水道周囲灰白質の活動が観察されました。

  5. プラセボ効果との関連

    • この研究結果は、従来のプラセボ効果の概念を拡張する可能性を示唆しています。

    • 副作用自体が一種の条件付け刺激となり、治療効果への期待を高める可能性が示されました。

考察

この研究結果は、医療における副作用の捉え方に大きな転換を迫るものです。従来、副作用は避けるべき問題として認識されてきましたが、適切に管理された軽度の副作用は、むしろ治療効果を高める可能性があることが示唆されました。

  1. 条件付け効果:副作用を経験することで、患者の脳内で「強い薬を投与された」という認識が強化され、結果として痛みの軽減につながる可能性があります。

  2. 期待効果の増強:副作用の存在が、治療への期待を高め、それが実際の痛み緩和効果につながる可能性があります。

  3. 下行性疼痛抑制系の活性化:fMRIで観察された前帯状皮質と中脳水道周囲灰白質の活動は、脳が痛みを抑制するメカニズムが働いていることを示唆しています。

  4. 個人差の重要性:副作用と治療効果の関係に対する個人の信念が、実際の治療効果に大きく影響することが明らかになりました。これは、患者教育の重要性を示唆しています。

結論

この研究は、軽度の副作用が治療効果の有効な信号として機能し、治療への期待と結果に影響を与える可能性があることを示しました。この効果は、下行性疼痛抑制系を介して仲介されることが明らかになりました。

研究チームは、これらのメカニズムを臨床実践で活用することで、治療効果を最適化する効率的な方法を提供できる可能性があると結論付けています。

さらに、この研究結果は臨床試験における重要な交絡因子を示唆しています。副作用のある治療法とプラセボを比較する際、副作用自体が治療効果に影響を与える可能性があるため、結果の解釈には注意が必要です。

文献:Schenk, Lieven A et al. “How side effects can improve treatment efficacy: a randomized trial.” Brain : a journal of neurology vol. 147,8 (2024): 2643-2651. doi:10.1093/brain/awae132

この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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用語解説

フェンタニル

非常に強力な合成オピオイド鎮痛薬です。モルヒネの50〜100倍の鎮痛効果を持ち、重度の急性痛や慢性痛、手術時の麻酔補助などに使用されます。注射、貼付剤、点鼻スプレーなど様々な形で投与可能です。高い依存性と過剰摂取のリスクがあり、医療用途外での使用は厳しく規制されています。

生理食塩水

生理食塩水は、0.9%の塩化ナトリウム(食塩)を含む水溶液です。人体の血液や細胞外液と同じ塩分濃度(等張性)を持つため、医療現場で広く使用されています。点滴や薬剤の希釈、創傷の洗浄などに用いられ、それ自体に薬理作用はありません。本研究では、プラセボ(偽薬)として使用されました。鼻に入れても痛くありません。普通の人は真水を入れると痛いのです。

機能的磁気共鳴画像法(fMRI)

機能的磁気共鳴画像法(fMRI)は、脳の活動を可視化する非侵襲的な画像診断技術です。脳の各部位の血流変化を測定することで、特定のタスクや刺激に対する脳の反応を観察できます。この技術により、痛みの知覚や処理に関与する脳領域の活動を詳細に調べることが可能となります。

下行性疼痛抑制系

下行性疼痛抑制系は、脳から脊髄へ向かって痛みの信号を調節するシステムです。前帯状皮質、視床、中脳水道周囲灰白質などの脳領域が関与し、痛みを抑制したり増強したりする機能を持ちます。このシステムは、注意、感情、期待などの心理的要因によって影響を受け、痛みの知覚を変化させることができます。

プラセボ効果

実際の薬理作用を持たない偽薬(プラセボ)が、患者の期待や信念によって実際の治療効果をもたらす現象を指します。この効果は、痛みの軽減、気分の改善、様々な症状の緩和など、幅広い領域で観察されています。プラセボ効果は、心理的要因が身体に及ぼす影響を示す重要な例として、医学研究や臨床試験で重要な役割を果たしています。人体は簡単に騙されますし、だからこそ救われるのです。

所感

この研究結果は、痛み治療や薬物療法全般に対する我々の理解に大きな影響を与える可能性があります。副作用を単なるデメリットとして捉えるのではなく、適切に管理された軽度の副作用が治療効果を高める可能性があるという視点は、非常に革新的です。

特に注目すべき点は以下の通りです:

  1. 臨床試験デザインへの影響:この研究結果は、今後の臨床試験デザインにおいて、副作用の影響をより慎重に考慮する必要性を示唆しています。

  2. 痛みの知覚は想像以上に複雑:下行性疼痛抑制系の活性化が観察されたことは、痛み知覚の複雑さを改めて示すものです。

今後は、この研究結果を他の疾患や治療法にも適用できるか、長期的な効果はどうなるのか、副作用の程度と治療効果の関係性など、さらなる研究が必要です。しかし、この研究は確実に、医療における副作用の捉え方に一石を投じるものであり、今後の治療戦略に大きな影響を与える可能性があります。


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バーチャル医療研究会編集部
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