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【医師論文解説】救う側の命は誰が救う? 医師の自殺率から考える医療の未来【OA】


背景:

医師の自殺リスクは長年にわたり医療界の懸念事項でした。

1903年のJAMA社説で既に米国医師の自殺率の高さが指摘されており、それ以来120年間で多くの証拠が蓄積されてきました。2004年のメタ分析では、男性医師の標準化死亡比(SMR)が1.41、女性医師が2.27と、一般人口と比較して有意に高いことが示されました。しかし、1980年から2015年の研究を対象とした別のメタ分析では、男性医師のSMRは0.68と低下し、女性医師は1.46と依然高い結果でした。

この研究背景には、医師の自殺リスクが時代とともに変化している可能性や、国や地域による差異があることが示唆されています。また、自殺に対する偏見、支援システムへのアクセス、医師の訓練や労働条件など、様々な要因が自殺リスクに影響を与えている可能性があります。

方法:

この研究は、系統的レビューとメタ分析の手法を用いて実施されました。

Embase、Medline、PsycINFOのデータベースを使用し、1960年から2024年3月31日までに公開された研究を対象としました。言語制限は設けず、前向きおよび後ろ向きの参考文献スクリーニングも行いました。

選択基準として、医師の自殺死亡に関する適切なデータを含む観察研究を対象としました。具体的には、間接的または直接的に年齢標準化された死亡率比(SMR)、標準化率比(SRR)、または比較死亡率を報告している研究を含めました。

データ抽出は2名のレビューアーによって独立して行われ、研究の質はJoanna Briggs Institute (JBI)のチェックリストを改変して評価されました。

分析には、男性医師と女性医師それぞれについてランダム効果モデルを用いたメタ分析を実施しました。また、累積メタ分析、異質性の評価、出版バイアスの検討、感度分析、サブグループ分析なども行いました。

結果:

この研究には、男性医師に関する38件の研究(42データセット)と女性医師に関する26件の研究(27データセット)が含まれました。これらの研究は1935年から2020年までの期間をカバーしています。

  1. 全体的な自殺率比:

    • 男性医師: 1.05 (95%信頼区間: 0.90-1.22)

    • 女性医師: 1.76 (95%信頼区間: 1.40-2.21)

  2. 異質性: 両分析とも高い異質性を示しました(男性: I² = 94%, 女性: I² = 84%)。

  3. 時間的傾向: メタ回帰分析により、研究観察期間の中間点が有意な共変量であることが示され、時間とともに効果量が減少していることが明らかになりました。

  4. 地理的差異: WHO地域別のサブグループ分析では、特にアジア諸国からの研究で効果量が低いことが示されました。

  5. 最新の研究:

    • 男性医師: 最新の10件の研究では、自殺率比が0.78 (95%CI: 0.70-0.88)と有意に低下。

    • 女性医師: 最新の10件の研究でも1.24 (95%CI: 1.00-1.55)と依然高い。

  6. 他の専門職との比較: 社会経済的地位が類似した他の専門職と比較した場合、男性医師の自殺率比は1.81 (95%CI: 1.55-2.12)と有意に高くなりました。

議論:

この研究結果は、医師の自殺リスクが時間とともに変化していることを示唆しています。全体として、一般人口と比較した医師の自殺率は低下傾向にありますが、女性医師については依然として高い水準にあります。

研究間の高い異質性は、医師の自殺リスクが様々な要因(医療システム、労働環境、文化的背景など)によって影響を受けることを示唆しています。特に、地理的な違いが顕著であり、アジア諸国の研究では自殺率比が低い傾向が見られました。

女性医師の自殺リスクが高い状態が続いていることは、特に注目すべき点です。これは、医療界におけるジェンダー不平等や、仕事と家庭の両立の困難さなど、複雑な要因が関与している可能性があります。

また、社会経済的地位が類似した他の専門職と比較した場合に男性医師の自殺率が高いことは、医師特有のストレス要因(例:長時間労働、高い責任、医療訴訟のリスクなど)の影響を示唆しています。

結論:

この研究は、医師の自殺リスクが複雑で多面的な問題であることを明らかにしました。全体的に見れば、医師の自殺率は時間とともに改善傾向にありますが、特に女性医師や特定の地域、環境下にある医師集団では依然として高いリスクが存在します。

これらの結果は、医師のメンタルヘルスケアと自殺防止策の継続的な重要性を強調しています。特に、女性医師や高リスク集団に焦点を当てた取り組みが必要です。また、医療教育や組織レベルでの介入、職場環境の改善なども重要な課題となります。

今後の研究では、地域間の差異や特定のリスク要因をより詳細に調査し、効果的な予防策を開発することが求められます。また、COVID-19パンデミックが医師の自殺リスクに与えた影響についても、さらなる調査が必要です。

文献:

Zimmermann, Claudia et al. “Suicide rates among physicians compared with the general population in studies from 20 countries: gender stratified systematic review and meta-analysis.” BMJ (Clinical research ed.) vol. 386 e078964. 21 Aug. 2024, doi:10.1136/bmj-2023-078964

この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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統計用語の解説:

SMR (Standardized Mortality Ratio, 標準化死亡比):

SMRは、観察集団の死亡率を標準集団の死亡率と比較する指標です。例えば、SMRが1.5であれば、観察集団の死亡率が標準集団の1.5倍であることを意味します。SMRが1より大きければ死亡リスクが高く、1より小さければ低いと判断します。

SRR (Standardized Rate Ratio, 標準化率比):

SRRはSMRと類似していますが、直接法で年齢調整された死亡率を比較します。これにより、異なる年齢構成を持つ集団間で死亡率を比較することができます。

異質性 (Heterogeneity):

メタ分析において、異質性は各研究の結果がどの程度ばらついているかを示します。I²統計量は異質性の程度を数値化したもので、0%から100%の範囲で表されます。一般的に、I²が25%未満で低度、25-75%で中程度、75%以上で高度の異質性があると解釈されます。高い異質性は、研究間で結果に大きな違いがあることを示唆します。

メタ回帰分析 (Meta-regression):

メタ回帰分析は、メタ分析における異質性の原因を探るための統計手法です。この手法では、研究の特性(例:発表年、研究デザイン、対象集団の特徴など)と効果量の関係を調査します。例えば、本研究では研究の観察期間の中間点と効果量の関係を分析し、時間とともに医師の自殺リスクが変化していることを明らかにしました。

これらの統計手法を用いることで、複数の研究結果を統合し、より信頼性の高い結論を導き出すことができます。また、研究間の差異や時間的変化など、重要な傾向を特定することが可能となります。

所感:

この研究は、医師の自殺という重要かつセンシティブな問題に対して、包括的かつ厳密なアプローチを取っています。20カ国からのデータを用いた大規模なメタ分析は、この問題の全体像を把握する上で非常に価値があります。

特に注目すべき点は、時間的傾向と地域差です。全体的に自殺リスクが低下傾向にあることは、これまでの予防努力が一定の成果を上げていることを示唆しており、希望を与えるものです。しかし、女性医師の自殺リスクが依然として高いことは、医療界におけるジェンダー平等の問題とも関連して、早急に取り組むべき課題であると考えられます。

また、他の専門職と比較した場合の高い自殺リスクは、医師特有のストレス要因の重要性を再認識させるものです。医学教育の段階から、ストレス管理やメンタルヘルスケアの重要性を強調し、継続的なサポートシステムを構築することが必要でしょう。

研究の限界として、アジアやアフリカなど、一部の地域からのデータが少ないことが挙げられます。これらの地域での追加研究は、文化的・社会的要因が医師の自殺リスクに与える影響をより深く理解する上で重要です。

最後に、この研究結果は、医師のメンタルヘルスケアが単なる個人の問題ではなく、医療システム全体の課題であることを強調しています。医師の健康は、患者ケアの質にも直結する問題です。したがって、個人レベルの介入だけでなく、組織的・社会的なアプローチが不可欠です。

今後は、この研究結果を踏まえた具体的な予防策の開発と実施、そしてその効果の継続的な評価が求められます。また、COVID-19パンデミック後の状況も含め、医師の自殺リスクの動向を注意深く監視し続ける必要があります。

よく言われることですが、高校の同級生たちと比べて倍近く自殺率が高いってのが心に来るものがあります。

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バーチャル医療研究会編集部
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