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【医師論文解説】知られざる手術のリスク:めまいの苦痛【Abst.】


背景:

耳科手術は、聴力改善や耳の疾患治療のために広く行われていますが、術後に予期せぬ合併症が発生することがあります。

その一つが良性発作性頭位めまい症(BPPV)です。BPPVは、耳の中の前庭にある耳石が半規管に迷入することで引き起こされる回転性めまいの一種です。これまで、耳科手術後のBPPV発症については十分な研究がなされておらず、その実態は不明瞭でした。本研究は、さまざまな耳科手術後の新規および早期発症BPPVの頻度と臨床的特徴を明らかにすることを目的としています。特に、手術中のドリル使用の有無がBPPV発症に与える影響に注目しました。

方法:

本研究は、2021年1月から2023年5月までの期間に、トルコの大学病院耳鼻咽喉科で片側の耳科手術を受けた成人患者437名を対象としました。研究チームは、これらの患者のうち、術後1ヶ月以内にBPPVと診断された症例を詳細に調査しました。ドリルを使用した手術と使用しなかった手術を比較し、BPPV発症率の違いを統計学的に分析しました。また、BPPV発症患者の臨床症状、発症時期、罹患した半規管の種類、治療反応性などを詳細に記録し分析しました。

結果:

  1. 全体的な発症率:

    • 耳科手術後のBPPV全体の発症率は2.28%(437名中10名)でした。

  2. ドリル使用の影響:

    • ドリルを使用した手術では3%(266名中8名)

    • ドリルを使用しなかった手術では1.16%(171名中2名)

    • 統計学的な有意差は認められませんでした(p > 0.05)

  3. 発症時期:

    • 術後平均13.3±6.8日(範囲:3〜25日)でBPPV症状が出現

  4. BPPV特徴:

    • 全症例が耳石浮遊症(canalolithiasis)タイプでした

    • すべての症例で手術側の後半規管が関与

    • 1名の人工内耳患者では、後半規管と外側半規管両方の関与がみられました

  5. 治療反応性:

    • すべての患者が耳石置換法(理学療法)に良好な反応を示しました

議論:

本研究結果は、耳科手術、特にドリルを使用する手術がBPPV発症の潜在的なリスク因子となる可能性を示唆しています。ドリル使用群でBPPV発症率が高い傾向が見られましたが、統計学的な有意差は認められませんでした。これは、ドリルの振動が耳石を遊離させる可能性があるという仮説を完全に裏付けるものではありませんが、その可能性を示唆しています。

術後BPPVは主に手術側の後半規管に発症し、全例が耳石浮遊症タイプでした。これは、手術操作やドリルの振動が後半規管近傍の耳石に影響を与えやすいことを示唆しています。人工内耳患者で複数の半規管が関与した症例があったことは、より侵襲的な手術がBPPVの複雑化につながる可能性を示唆しています。

発症時期が術後平均13.3日であったことは、術後1ヶ月間はBPPV発症リスクが高いことを示しています。この期間中、患者の訴えに注意深く耳を傾け、適切な診断と治療を行うことが重要です。

結論:

耳科手術、特にドリルを使用する手術は、BPPV発症の潜在的リスク因子となります。術後BPPVは主に手術側の後半規管に発症する耳石浮遊症として現れ、耳石置換法による治療に良好な反応を示します。医療従事者は、耳科手術後4週間以内にめまいや浮動感を訴える患者に対して、BPPVの可能性を考慮し、適切な診断と治療を行う必要があります。

文献:Kirbac, Arzu et al. “New- and early-onset benign paroxysmal positional vertigo after otologic surgery.” European archives of oto-rhino-laryngology : official journal of the European Federation of Oto-Rhino-Laryngological Societies (EUFOS) : affiliated with the German Society for Oto-Rhino-Laryngology - Head and Neck Surgery, 10.1007/s00405-024-08928-y. 4 Sep. 2024, doi:10.1007/s00405-024-08928-y

この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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所感:

本研究は、耳科手術後のBPPV発症リスクに関する貴重なデータを提供しています。全体の発症率は2.28%と比較的低いものの、無視できない頻度であり、術後管理において重要な考慮事項となります。特に、ドリル使用群でBPPV発症率が高い傾向が見られたことは、手術技術の選択や術後のフォローアップ計画に影響を与える可能性があります。

今後の研究では、より大規模なサンプルサイズでの検討や、術中のドリル使用時間、回転数などの詳細なパラメータとBPPV発症との関連性を調査することが望まれます。また、術前のBPPVリスク評価方法の開発や、予防的な理学療法介入の有効性についても検討の余地があります。

本研究結果は、耳科手術を受ける患者への術前説明内容の見直しや、術後フォローアップ計画の最適化にも活用できるでしょう。BPPVは適切な診断と治療により良好な転帰が期待できるため、早期発見・早期介入の重要性を再認識させる価値ある研究といえます。

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