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【医師論文解説】食事の30分前がベストタイミング?糖尿病薬の驚きの新発見【OA】



背景:

メトホルミンは2型糖尿病の第一選択薬として広く使用されていますが、その作用機序は完全には解明されていません。

近年の研究では、メトホルミンの血糖降下作用の多くが消化管レベルで発揮されることが示唆されています。特に、インクレチンホルモンであるGLP-1の分泌促進が重要な役割を果たしていると考えられています。しかし、メトホルミンの服用タイミングが血糖降下作用に与える影響については、これまで十分に検討されていませんでした。

方法:

本研究では、メトホルミン単剤療法で比較的良好な血糖コントロールが得られている2型糖尿病患者16名を対象に、クロスオーバー試験を実施しました。各参加者は4回の試験日に参加し、以下の4つの条件でメトホルミン1000mgまたは生理食塩水を十二指腸内に投与しました:

  1. メトホルミンをグルコース注入60分前に投与 [Met (-60 min)]

  2. メトホルミンをグルコース注入30分前に投与 [Met (-30 min)]

  3. メトホルミンをグルコース注入直前に投与 [Met (0 min)]

  4. 生理食塩水のみを投与(コントロール)

グルコース(45g)を60分間かけて十二指腸内に持続注入し、血漿グルコース、GLP-1、インスリン濃度を経時的に測定しました。

結果:

  1. 血糖値の変化:

  • Met (-60 min)とMet (-30 min)は、コントロールと比較して有意に血糖上昇を抑制しました(p<0.01)。

  • Met (0 min)もコントロールと比較して血糖上昇を抑制しましたが、その効果はMet (-60 min)とMet (-30 min)よりも小さくなりました。

  • 血糖値のiAUC0-120minは、Met (-60 min)で439±19.6 mmol/l×min、Met (-30 min)で466±20.0 mmol/l×min、Met (0 min)で517±22.5 mmol/l×min、コントロールで574±24.7 mmol/l×minでした。

  1. GLP-1の変化:

  • Met (-60 min)とMet (-30 min)は、コントロールと比較してGLP-1分泌を有意に増加させました(p<0.05)。

  • Met (0 min)ではGLP-1分泌の有意な増加は認められませんでした。

  • GLP-1のiAUC0-120minは、Met (-60 min)で1879±457 pmol/l×min、Met (-30 min)で2025±380 pmol/l×min、Met (0 min)で1582±260 pmol/l×min、コントロールで1338±241 pmol/l×minでした。

  1. インスリンの変化:

  • すべてのメトホルミン投与群で、コントロールと比較してインスリン分泌が増加しました。

  • インスリンのiAUC0-120minは、Met (-60 min)で20121±4098 pmol/l×min、Met (-30 min)で21809±4264 pmol/l×min、Met (0 min)で21682±4291 pmol/l×min、コントロールで15628±2403 pmol/l×minでした。

  1. インスリン感受性:

  • Matsuda indexで評価したインスリン感受性には、4群間で有意差は認められませんでした。

  1. 消化器症状:

  • メトホルミン投与によって悪心などの消化器症状の増加は認められませんでした。

議論:

本研究の結果から、メトホルミンを食事(グルコース負荷)の30分前または60分前に投与することで、食直前の投与よりも効果的に食後血糖上昇を抑制できることが示されました。この効果は、より大きなGLP-1分泌反応と関連していました。

メトホルミンの血糖降下作用のメカニズムとして、上部小腸でのグルコース吸収抑制が考えられます。これにより、より遠位の腸管でL細胞がグルコースに暴露される機会が増加し、GLP-1分泌が促進される可能性があります。

インスリン分泌は、すべてのメトホルミン投与群で同程度に増加しました。これは、GLP-1以外の経路を介したメトホルミンの直接的な作用である可能性が示唆されます。

結論:

メトホルミンを食事の30-60分前に投与することで、食直前の投与よりも効果的に食後血糖上昇を抑制できることが示されました。この効果は、より大きなGLP-1分泌反応と関連していました。これらの知見は、メトホルミンの服用タイミングを変更することで、2型糖尿病患者の食後血糖コントロールを改善できる可能性を示唆しています。

文献:Xie, Cong et al. “Impact of the timing of metformin administration on glycaemic and glucagon-like peptide-1 responses to intraduodenal glucose infusion in type 2 diabetes: a double-blind, randomised, placebo-controlled, crossover study.” Diabetologia vol. 67,7 (2024): 1260-1270. doi:10.1007/s00125-024-06131-6

この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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用語解説:

クロスオーバー試験:

各参加者が異なる時期に複数の治療法や条件を経験する研究デザインです。この方法では、各参加者が自身の対照となるため、個人間の変動を減らし、より少ない参加者数で信頼性の高い結果を得ることができます。本研究では、各参加者が4つの異なる条件(メトホルミンの投与タイミング3種類とコントロール)を異なる日に経験しました。

iAUC0-120min: iAUC(integrated Area Under the Curve)

グラフの下の面積を積分して計算される値で、時間経過に伴う変化の総量を表します。iAUC0-120minは、0分から120分までの期間における血糖値やホルモン濃度の変化の総量を示します。この値が小さいほど、血糖上昇が抑えられていることを意味します。

Matsuda index:

インスリン感受性を評価するための指標の一つです。経口ブドウ糖負荷試験中の血糖値とインスリン値を用いて計算されます。値が大きいほど、インスリン感受性が高いことを示します。計算式は以下の通りです:

10,000 / √[(空腹時血糖 × 空腹時インスリン) × (OGTT中の平均血糖 × OGTT中の平均インスリン)]

L細胞:

主に小腸の遠位部(回腸)と大腸に存在する内分泌細胞です。これらの細胞は、食事に反応してGLP-1(Glucagon-like peptide-1)やPYY(Peptide YY)などのホルモンを分泌します。GLP-1は、インスリン分泌を促進し、食欲を抑制するなど、血糖調節に重要な役割を果たします。メトホルミンは、このL細胞からのGLP-1分泌を促進することで、血糖降下作用の一部を発揮すると考えられています。

所感:

本研究は、メトホルミンの服用タイミングという、これまであまり注目されてこなかった側面に光を当てた興味深い研究です。従来、メトホルミンは消化器症状を軽減するために食事と同時に服用することが推奨されてきましたが、この研究結果は、そのような慣行が必ずしも最適ではない可能性を示唆しています。

特に注目すべきは、食事30分前または60分前のメトホルミン投与が、GLP-1分泌を有意に増加させたことです。これは、メトホルミンの血糖降下作用におけるGLP-1の重要性を裏付ける結果といえるでしょう。

ただし、本研究にはいくつかの限界があります。まず、十二指腸内への直接投与という方法は、日常的な経口投与とは異なります。また、グルコース溶液のみを用いており、混合栄養の食事での効果は不明です。さらに、急性期の効果のみを見ており、長期的な効果については検討されていません。

これらの限界はありますが、本研究の結果は、2型糖尿病の治療戦略に新たな視点を提供するものです。今後、実際の食事を用いた長期的な研究が行われることで、メトホルミンの最適な服用タイミングがより明確になることが期待されます。また、この知見は、他の経口血糖降下薬の服用タイミングについても再考を促す可能性があり、糖尿病治療全体に波及効果をもたらす可能性があります。

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バーチャル医療研究会編集部
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