まい すとーりー(9)ロービジョンの学びと、心のサポート
霊友会法友文庫点字図書館 館長 岩上 義則
(『法友文庫だより』2016年秋号から)
ロービジョンの定義と不自由さ
ロービジョンという言葉は、かなり定着してきたかのように思うのですが、一部の辞書にしかこの熟語が掲載されていないところをみると、まだまだ認知度が高くないのかもしれません。
ロービジョンとは、低視覚、または低視力の状態(またはその人)のことで、従来は弱視と呼んでいました。要するに見えにくい人のことです。
視機能が弱く、矯正もできない状態なので、日常生活や就労などの場で全盲とは違った不自由を強いられています。
ロービジョンは、自分の身辺の不自由もさることながら、第三者に対して、自分の視力がどの程度なのか、何が見えていて何が見えないのかを理解してもらえない悩みが深いようです。
それに、本人としてもできれば、見えない・見えづらいことを知られたくない・隠したい側面もあり、それでいて困ったときは助けてもらいたいという矛盾を秘めた心境でもあるので複雑です。
そうした事情から分かるように、ロービジョンは大きな不安と強いストレスにさらされて、それが、時に心身を強く傷つける原因になります。
ロービジョンにとって大切なことは、①低視覚(低視力)をいかに上手に活用するか、②これ以上悪くならない(視力が落ちない)ようにするにはどんな注意が必要か、③ロービジョンの人が陥りがちな心理的な不安や苦しみをいかにして乗り越え、あるいは、どんなサポートが必要なのかの3点に集約されます。これらの問題は一鳥一石には解決しませんが、本人の勇気ある告白、視機能を補強する技術的・心理的サポートを一体とした支援が求められることになります。
ロービジョン対策と試み
ロービジョンに対するサポートは歴史が浅く、90年代初頭までは有効なサポートが乏しかったと言えます。
「弱視の人は、不自由だと言ってもとにかく見えるんだから」という周りの人の考え方もあって、点字図書館においてもサービスの対象になりにくい分野でした。
しかし、例えば、私が以前勤務していた日本点字図書館の用具事業課には「白いまな板で食材を切るのは見づらいので、黒いまな板を作ってもらえないか」という要望があったり、「もっと文字を拡大できる機械はないのか」という問い合わせがあったりして、何人もの職員が胸を痛めていたものでした。
そんなことから、黒まな板を商品化したり、職員がロービジョンの研究会を開いたり、不便さ調査に参加したりするようになり、当時5、6点しかなかったロービジョン向けの取扱い商品を増やすことを検討しました。
一方、価格の高かった拡大読書器も90年代後半になると、日常生活用具給付制度(※注)の基準額内で購入できる機種が出てきて、それに、外出先でも使える小型液晶画面のものなど、種類も急激に増えてきました。
そこで、日本点字図書館では、2台しかなかった拡大読書器の展示品を増やし、いろいろな機種を実際に見て操作し、自分に合ったものを選べるようにしようという動きが始まりました。
21世紀に移った2003年になると、状況は大きく進展しました。
「社会福祉法人 読売光と愛の事業団」が、ロービジョン事業を継続的に行うことに協力してくれることになり、複数の機器を展示できるようになったのです。
ルーペについては、多くの機種と倍率があるため、カタログから自分に合ったものを選ぶのが困難な上、ロービジョン用のルーペが揃っている眼鏡店が全国でも少なくて、自分で実際に見て確認できる状況にはありませんでした。そこで、来館できない人のために倍率の異なるルーペのセットを貸出し用サンプルとして用意し、希望者に自宅で1週間使用して、商品を選んでもらうサービスを試みました。
サンプルの購入費や往復送料に困ったのですが、またも「読売光と愛の事業団」の助成を得て切り抜けることができました。そのときの感謝は今も忘れられません。
このサービスは、「自分が日常文字を読むような環境で自分に合ったルーペを選ぶことができる」と、大変好評で、2003~2015年までに約1,700人の利用があり、現在も継続しています。
ロービジョンのために、専門の指導員による相談会やセミナーも開催していますし、京都在住でロービジョン当事者の森田茂樹氏の協力を得て、2007年よりマンツーマンのロービジョンの相談会を開催するなど、充実した事業が続いています。
難しい心のサポート
先に、ロービジョンの重要な問題の一つが心理面にあると書きましたが、各地で開かれるロービジョンセミナーや相談会も、それを反映したテーマが目立ちます。
去る7月23日、東京の新宿で開かれた日本盲人職能開発センター主催の「2016全国ロービジョンセミナー」も「求められる心のサポート」がテーマでした。
2つの基調講演とパネルディスカッションの構成で行われましたが、約250人の参加があり、高い関心を集めました。
最初に講演した杏林大学医学部付属病院心療眼科の気賀沢一輝医師は
「視力や視野を失うことで起きる不安や抑鬱・怒りなどへの心理的ケアはロービジョンケアの重要なポイント」
と述べていました。
次に、先端医療健康財団医療センター病院眼科の心理カウンセラー田中桂子氏が「当事者への心理支援」をテーマに講演。
「分かってもらえない」と嘆きつつも「分かってほしい」と訴えてくるロービジョン患者に対して、医療機関のみならず、一般企業などでもカウンセラーを置いて「‘聴いてあげる」「知ってあげる」「背中を押してあげる」「共感と励まし」の大切さを話しました。
パネルディスカッションでは、司会者が「職場で孤立しがちな視覚障がい者にはストレスが多い。どのような工夫をして働くのがよいか、事例を出し合って考えるのが大事だ」と説明した後、働く3人が、ロービジョンの立場から、職場での経験による事例と工夫を話しました。
深刻な失明の不安と恐怖
私には多くのロービジョンの知人・友人がいますが、確かに全盲にはない「不安・苦しみ・ストレス・恐怖」が伝わってくることがあります。
ロービジョンの大きな不安は視力低下の進行。ストレスの代表格は、見えにくいものを無理に見なければならない煩わしさ、他人に分かってもらえないイライラ。そして、究極の恐れは、失明の恐怖です。
失明の恐怖!!
私が盲学校の小学校5年生のとき、普通校から転校してきた弱視の女生徒がいました。文字の読み書きがまだ十分にできて、一人歩きも不自由なく、全盲児の手引きもまめにしていたほどでした。
その子が6年生を卒業する頃になって、急に視力が落ち始めたのです。
「今日はカーテンの色がへんなのよ」「ああ、今日は窓の外の景色が見えなくなっている」「今日はみんなの顔がボオッとしか見えないなあ!」などと、視力が落ちていく過程を悲痛に報告しながら、シクシク泣いていたものでした。
目が悪くなったからこそ盲学校へ転校したのでしょうが、まさかこんなにまでなるとは想像もしない事態だったのでしょう。結局、彼女は全盲になってしまいました。今では誰よりも明るく立ち直ってくれたその同級生に心からの拍手を送りつつも、気の毒な思い出として記憶から消え去ることはありません。
ロービジョン当事者の活動
ロービジョン当事者の活動団体には、日本網膜色素変性症協会(JRPS)、緑内症フレンドネットワーク、加齢黄斑変性症友の会、弱視者問題研究会(弱問研)などがあります。ここでは、弱問研の活動をホームページから引用してご紹介します。
※注
日常生活用具給付制度とは、障がい者が日常生活を自立した状態で円滑に過ごすために必要な機器の購入を、公費で助成する制度です。
この制度が適用される視覚障害者生活用具として、点字器、時計、録音図書再生機、拡大読書器、体温計などがあります。
この制度は、もちろん他の障がい者にも適用されます。ただし、「地域生活支援事業」で実施されることから、自治体間で対象品目が異なったり、支給方法が違ったりする地域差や不便さが生じているという問題が指摘されています。必要な方は、視覚障害者用具を取り扱っている点字図書館や販売店、地元の役所にお尋ねください。
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