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まい すとーりー(25)日本の厳しい盲導犬事情

霊友会法友文庫点字図書館 館長  岩上義則
『法友文庫だより』2021年夏号から


 2020年度の盲導犬の実動数などが発表された。それによると、国内の実動数は861頭だという。これは、2000年度(875頭)に統計が開始されて以来の最低実動数だという。
 国内には11の盲導犬訓連施設(協会)があり、20年度には103頭が育成された。

 私の感覚では、最近盲導犬の新規申し込み者が少ないと聞いているので、例年103頭が安定して育成されれば、需要は十分満たされると感じていたので、実動減は意外であった。
 103頭育成しても減少が止まらない理由は、新規ユーザーが少ないのに比してリタイヤ犬が多いからである。

 リタイヤ犬とは、仕事を引退した盲導犬のことで、死亡犬も含まれているかもしれない。20年度を見ても新規ユーザーに渡された盲導犬が20数頭なのに対してリタイヤ犬は151頭に上っている。つまり、103頭育成しても、そのすべてがリタイヤ犬に回されて、なお48頭のリタイヤ犬の補いがつかないことを意味する。それが真相なら、協会11が束になってかかっても、一人の新規ユーザーに対応することさえおぼつかないことになる。

 調査を担当した日本盲人社会福祉施設協議会盲導犬委員会の和田孝文会長は「コロナの影響で訓練に遅れが出た。普及・啓発活動の機会が減ったことが育成減の要因と考えられる」とコメントしている。
 しかし、減少傾向は2010年辺りから始まっていて、それが20年度に最低を記録したというのだから、あながちコロナのせいばかりとは言えないように思う。新規ユーザーが伸び悩む背景には(後述するが)、普及・啓発の機会が減ったこともあろうが、別の問題が潜むことが推測できる。

 ちなみに、盲導犬が最も多かったのは2009年度の1070頭で、10年間に209頭減少したことになる。
 協会サイドは、しばしば、待機ユーザーが何千人もいると言ってきたが、どうやら、それが事実でない数字が公表されたことになる。20年度の新規申し込みの実体は、0~2名にとどまった協会が11中9施設を数え、日本盲導犬協会の6頭と日本ライトハウスの9頭が目立つくらいである。
 このような実体からすると、盲導犬の年間必要数は150頭(リタイヤ犬)プラス25頭(新規)で、175頭ということになる。リタイヤ犬の年平均値が不明なのと協会の育成能力が推量できないので踏み込んだ見解は述べられないが、実動数の減少があるにせよ、新規ユーザーが少ないにせよ、年間180頭くらいを安定して育成できれば適正な数が維持できるということか。
 ただ、個々の施設が、事業をもっと発展させたいと望むのであれば、新規向けの育成数が0~2、3頭というのでは、いかにも物足りないであろう。
 さて、戻って、新規ユーザーが増えない原因の分析を試みよう。
 

1.飼育環境と犬嫌いな人の問題

 日本の住宅は、戸建てにせよ集合住宅にせよ、小さくて狭い家屋が多い。そこに犬嫌いな同居人でもいようものなら、どんなに盲導犬を欲しても叶えられるものではない。
 犬嫌いは理解以前の問題で、犬を見ただけで震えが来たり、蕁麻疹が出るような、犬を生理的に受け入れない人たちである。

 20年以上も前の話をするが、私は盲導犬ユーザーと、大の犬嫌いな人と一緒に千葉県の館山へ旅行をしたことがある。一緒の部屋で過ごすにしても食堂で食事をするときでも、両者が離れていさえすれば大丈夫かと思っていたが、そうはいかなかった。
 犬嫌いな人にしてみれば、たとえ犬との距離が離れていてもいなくても、見えているだけで不安なのである。犬が身動きするだけでも気になる様子がありありと感じ取れた。
 そうこうしているうちに、盲導犬のユーザーが犬嫌いな人に用があって、近寄ろうとした。犬には「ステイ(長めの待て)」をかけて席を離れたのであるが、「ステイ」がうまく効かなかったようで、犬も一緒に犬嫌いな人に近づいたからたまらない。犬嫌いな人は「キャッ」と悲鳴を上げてテーブルの上に上がって震えだしたのである。

 次に、「盲導犬はペットではないのだから、犬が飼えない集合住宅であっても犬と住むのを認めるべきだ」と主張する視覚障がい者と無理解者の関係である。
 この主張も簡単には通じないのである。たしかに盲導犬は道路交通法と身体障害者補助犬法によって守られているかに見えるが、それを持ち出すとかえって反発を招いてこじれることさえある。たとえ集合住宅に住んでいて別世帯であろうと、いかに、まめに世話をして犬の清潔感を保っていても飼い主に付いた犬の毛がどこぞの誰かに付くことは珍しくないし、風の吹き様で臭いもうつる。それが住民の苦情となり管理組合で議題になったりしてトラブルに発展したりする。社会生活は実に難しい。
 

2.法的根拠も強いようで弱い

 視覚障がい者が単独歩行をする際は白杖を携帯するか盲導犬を持たねばならないと道路交通法に規定されているし、身体障害者補助犬法でも犬を持つべきことが謳われている。補助犬とは、盲導犬・介助犬・聴導犬の3種類の犬を言い、特に補助犬法には3本柱として次の義務規定がある。

 1.補助犬を育成する団体には良質な補助犬の育成と指導
 2.ユーザーには補助犬の適切な行動と健康の管理
 3.公共施設・交通機関、スーパー・飲食店・ホテル・病院や職場などで補助犬同伴の受け入れ

 補助犬法は平成14年に施行したが、この法律をきっかけとして「補助犬は障がい者の身体の一部であり、それを拒むことは障がい者の社会参加を否定することになる」という理念が掲げられている。
 しかし、今もってホテルやレストランでの盲導犬の入店・入室拒否はあとを断たず、障がい者は厳しい現実にさらされている。
 

3.犬のコントロールと健康管理の難しさ

 盲導犬は、歩行をするには便利であるが、生き物ゆえにその世話やコントロールを厳守するには相当の覚悟が要る。私には、たった2年間ではあるが、盲導犬の使用経験があるのでその実感が強い。

 盲導犬のコントロールとは、盲人の安全・安心を守るために盲導犬に課される命令をコントロールすることを言う。もしも、ユーザーがこれを怠れば、犬の行動が乱れて、たちまちただの犬に化してしまい、ユーザーは危険に直面することになる。
 命令(訓練)項目には、ゴー、ストップ、ウエイト、ステイなどの基本的な命令と、たとえ主人の命令であっても、犬がその命令を実行することによって主人を危険に遭わせるような場合は絶対に従わない不服従と言われるものがある。

 ユーザーは、これらの命令が正しく実行されるよう、厳しく犬に接しなければならない。ところが、犬がかわいいだけに、つい甘やかしてしまいがちになる。
 餌を与え過ぎたり吠えても叱らなかったり、うろうろしても許してしまいがちになるのである。犬のコントロールが乱れた際はただちにチョーク(引き綱を強く引き絞って犬のミスを戒めること)を行わなければならない。それを怠れば盲導犬の社会的認知度を低下させるだけでなく、ユーザーの命に関わる危険を生じさせかねないことを知らねばならない。

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