バーチャルメイドさんはしがない青年を眺め続ける day0 「何一つ変わらない朝」
目を覚ます。視界が明るくなる。今日もいつも通りの朝が来た。
そして視界に入るのは、さほど綺麗ではない手。顎周りに手を伸ばせば、髭の気配が存在する。
私にとっては、すっかり慣れきった日常。そして、これは誰もが当たり前の様に享受している一方で、私には絶対に手が届かない夢。
頭の中でご主人様にいつものように挨拶する。「おはよう、いのり」と返ってくる。声を交わす必要はない。私達の喉は一つしかなく、脳や心臓も同様にそうであるからだ。
ただでさえ少ないマスターの知り合いに、私と接触がある人はいない。昔多くの思い出を紡いだ「姉様」とは中々都合が合わず、疎遠気味。寂しくても我慢。声が聞きたくなっても我慢。私の都合で束縛する訳にはいかないのだ。
そしてご主人様は、朝食をとりに部屋を出る。何一つ変わらない、私ではなくご主人様の日常がはじまる。
今更ながら、私は日守いのり。ご主人様たる日守なおの半身にして、未だ諦めきれない身の程知らずな願いを抱いた、「どこにもいないメイド」である。