映画「ミッドサマー」の理解は出来ても納得は出来ない後味

映画「ミッドサマー」の感想

アリ・アスター監督の作品です。公開されてから感想だけ追っていたのですが、曰くグロテスク、孤立する集落の閉塞感と奇習へのこだわりをよく表している、山田と上田の居ないトリック(?)等など。(トリックの件が、観た後でもどうしてその感想に行き着いたのか、私には分からなかった。)とりあえず、いい感想は無いんですよね。

あらすじは、要約すると家族をとある事件で失った傷心のダニーが、恋人と恋人の大学仲間に連れられ民俗学研究の一環という名目で白夜の小さな村に訪れ、村の祝祭に参加して奇習に巻き込まれていくという流れです。

私自身が観た後の感想としては、虚無感が凄い。何も残らなかった。
ただ、主人公は多分ハッピーエンドだったんだろうなとは理解しました。途中までは主人公も村の思想を忌避していたので良かったのですが、ラストでは主人公と決定的に心象が剥離していたので、私にはそれぐらいしか分かるものが無かったんですよ。

主人公が村側に取り込まれた時点で、もう感情移入出来る要素が無かった。

というより、諸々が肌に合わない映画でした。

結構、この映画ドラッグ系の表現が終始散乱しています。海外だと合法の場合もあるので、軽い携帯食ぐらいのノリで薬が出てくるカルチャーショックがまず1アウト

民俗学に明るくないのですが、民俗学研究という概念を盾に倫理と法という視点から見た理性を意図も容易く外したダニーの恋人と恋人の大学仲間の観念が理解出来ずに2アウト。欠如していた倫理と法については、ダニー一行とは別口で祝祭に参加していたカップルとダニー自身が体現しており、すぐ様村を出て逃げるという選択をする正常性が見られます。ただ、ダニーは依存している恋人に宥められて村に残ってしまい、正常な判断をしたカップルは画面上から姿を消します。

正常な人間がいなくなり、好奇心のみで動く人間だけが残るというのはいかにもなホラー要素なのですが、日本ホラーに慣れてると、ここまでの流れがホラーなのか認識しづらいです。画面がただ淡く白いし、迫り来るパニック的な要素も少なく淡々と進む為にホラーである事を忘れがちになります。

カップルが画面上から退席した後は、一気に仲間が消えていきます。消えた仲間は村のタブーに触れたので、ホラーらしく消される理由としては充分。しかし、後に判明するのですが、カップルも実は供物の人数合わせで意図的に消されていました。カップルはとばっちり過ぎて目も当てられないですね。

さて、その他の仲間が消えて、今回の旅行の発案者でこの村出身の仲間ペレに言い寄られるダニー。ペレの目的は最初からダニーを村に引き入れる事なんですよね。
他の仲間は結構どうでも良さそう。ダニーの恋人は妹にあてがっちゃいますし。

人数も少なくなり恐ろしい村から早く離れたいダニーと課題を優先して村に残りたいダニーの恋人。それぞれが村の思惑で引き離されて行動し始めると、段々と状況が逆転します。

村のイベントにそれぞれの立場で立ち会う事になるんですが、一方はその年の「女王」という主役を決める華やかな女性同士のダンス対決。一方は種馬としてやる事だけやれとのお達し。正に表と裏ですが、この体験が決定的にこの後の明暗を分けてますね。

恋人とも仲が冷め、家族は亡くなり、一人ぼっちだったダニーは村人に暖かく迎え入れられ、更には主役になれます。極限状態で心が通じたっていうあのダンスのラストシーンは、錯覚??取り敢えず、ダニーは自分が除け者では無い環境に心酔し、依存していたはずの恋人に見向きすらしなくなっていましたね。
ここで、私はもうダニーの心境に着いていくのを辞めました。急すぎる。睡眠薬使わないと寝れなくなってたし、極限だったってのもあるんでしょうが、不穏の塊の集団にそんなすぐ心開けちゃいます??もういっそ一種のストックホルム症候群なのかとすら疑う。3アウト。ただし、まだ続く。

この時点でのダニーの恋人は、自分は第三者視点で村の慣習を観察していたかったのに、急に当事者として参加しろと言われてたじろいでいました。恋人ダニーへの裏切り行為という後ろめたさもあったのかな?ダンスを眺めている時に差し出された飲み物がダウナー系か神経過敏にでもする効果があったのか、ダニーの恋人は小心者のような挙動をするように。隣のおじいさんに気つけで猫騙しをされたくらいで強迫観念を抱いている描写がありますね。自分が優位に立っていたはずのダニーは集団のトップにいつの間にか着いており、無視され、正常性は失われ、後はなるがまま流されて行くダニーの恋人。まだダニーの心境より分かりやすいですね。

ダニーは戸惑いながらもすっかり村人と打ち解けつつあり、祭りの主役として祭事をこなします。
ダニーの恋人は流されるまま、ペレの妹とやる事やっちゃいますが、このシーンダニーの恋人を一気に正気に戻すぐらい気味の悪いシーンですね。
やる事やってる所ををダニーがうっかり見ちゃってますから修羅場は不可避。
正気に戻ったダニーの恋人はあまりの気味の悪さに逃げ出しますが、役目を終えた人間には容赦が無いのがこの村の特徴でもある様で。駆け込んだ鶏小屋で惨たらしい、村を出たはずのカップルの片方が無惨な姿を晒しているのを見てしまい、村人に襲われるダニーの恋人。

ダニーの恋人が目を覚ますと物語も最終局面。
祭りの女王によって、最後の祭りの生贄が選定されるとのこと。
裏切られた理由も何も問い質すことなく、喧嘩すら起きず、ダニーの恋人はダニーの手によって生贄に選ばれてしまいました。私の考えてた修羅場って、もう少し言葉や体現によるお互いの主張の擦り合わせが起きるものだと思うんですが、その余地一切有りませんね!怖っ!
しかも何が怖いって、ダニーにとってはいくら冷めてたとしても数日前まで別れを切り出されたらと悩みに悩んで結構依存していた相手なんですよ?この数時間の心境の変化何?ジェットコースターなんでしょうか??

まあ、そうやって最後の生贄が集められ、祭り最後の儀式が施行されるのですが、ダニーは最後泣きながら笑います。もう、君は訳分からんわ。
家族というしがらみが消え、依存対象という精神的な弱さの象徴が消え、ダニーの新たな精神的な歩みの一歩を描いたのだとしても、何故このシーンで笑うのか。


私は、この映画のジャンルはカルトかグロテスクだと思うし、主要キャラの行動理由はこうだろうと推察しえるので理解出来ると思うが、文化と思考回路や心境の剥離が多すぎて納得は出来ないかな。

せめて感情の急転直下で観客切り離すのやめて頂きたい。ホラーと言うなら最後まで一緒にハラハラドキドキさせて欲しかった作品でした。

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