ロンドンで家探し、職探しをした感想
前回の投稿から、3ヶ月。
状況はいろいろ変わって、ここまでの過程が、楽しく、辛く、薄く、濃く、だったので、記録を残すね。
家探し
4月5月はホームステイをしていて、6月2日にステイ先を出ないといけない状況だった。私が家探しを本格的に始めたのは、確か5月20日前後。
2週間で決まるっしょ、って思っていたのを今でも鮮明に覚えている。
結論としては、これはちょっと遅かった。
最初の数日はspareroomの使い方に慣れるのに精一杯。
そして、どこの地域に住もうか考えるために、治安マップの確認やネットサーフィンしてたらあっという間にまた数日使った。
少しずつ内見の予定が決まっていって1日最大4件とかを7日間くらい毎日やっていたと思う。
場所も全部全く違うところで移動が多い、
家を見ても全然ピンとこない、
交通費が日々嵩む、
毎日空振りばかりしている気がしてお先が真っ暗、
語学学校の友達と遊びたいけど遊べない、
引越しの日が日々近づいている、
こんなストレスから私の顔は徐々に曇り始めて、毎日遅くに家に帰ると、ホストマザーやルームメイトが心配の声を日々かけてくれた。
この時、イギリスに来てから初めて日本に帰りたいと思ったし、初めて泣いたと思う。
そんな時、ある人に相談したら、ある場所は再開発が進んでモダンな家が多いからいいかもね、とアドバイスをもらった。
一緒にspareroomも見てくれた。
私は暗闇に一筋の光が見えた気がした。
もうこれ以上疲弊したくないし、このエリアに絞って家探しをしよう。
そう思って、後の数日間はそのエリアのフラットだけを内見しに行った。
結果は大成功。
6月2日に家を出なきゃいけなかったけど、ちゃんと手付金を払って家を確保できたのは5月30日のこと。ギリギリだった。
もう家探しはしたくない、、、本当にそう思った。
引越し当日
実はここで、本当にどうしようもない壁が立ちはだかってしまったのだ。
やっと家探しが終わって、肩の荷が降りて、あとは穏やかな生活が待っている、
そう思っていたのに、突然、今すぐ2ヶ月分の家賃を振り込め、そうしないと鍵を渡せない、そう言われたのだ。
私はイギリスの銀行口座に1ポンドも入れていなかった。振り込むのは無理。そして、現金も下ろすには限度額があるから一括で支払うことが無理。
でも払わないと鍵をもらえない。
致命的だった。今日はホテルに泊まるしかないかも、そんなことが頭をよぎった。
でも、たまたま手伝いに来てくれていたある人が助けてくれて、最低限の鍵(家の鍵と部屋の鍵2つあるが、家の鍵だけ)をひとまず手に入れることができた。
私にとっては大きな事件だったけど、ここでもまたある人が私を助けてくれた。
職探し
これは想像以上に長かった。
まず前提として、私はオフィスワークがしたかった。
滑り出しは順調だった。エージェントに登録してすぐに1社から面接オファーをもらえたのだ。でもスキルのミスマッチでご縁をいただけず、それ以降は6月、7月、とずっと毎日パソコンに向かってCVをアプライする日々だった。多分50社くらいアプライしたんじゃないかな。もっとかもしれない。
7月中旬までは面接は1件もオファーをもらえなかった。
CVすら通らない、その状況にまた手応えのなさから落ち込んだけれど、7月下旬頃に集中して複数社から面接のオファーをもらえた。
やっと面接ができることに喜びを感じつつ、いざ面接を行うと、英語面接に苦労したし、自分の英語力の低さにも落ち込んだ。
でも、なんとかオファーをもらうことができた。
諦めなければ内定はもらえる。そう周りの人に言ってもらえていたんだけど、本当にそうなんだって、やっとわかることができた。
YMSでロンドンに来る選択をせず、日本でずっと働く選択肢をとっていたら、こんな大変な思いをする必要は全くなかった。就活中はずっそとう思っていた。だから手応えがない時はキャリアを中断してYMSで渡英する決断をした自分に疑問を抱いたし、ちょっと後悔もした。それでも、裏返せば、みんなができない苦労を今できていることが後のアドバンテージに絶対なる、と感じることもできた。誰もができる挑戦ではないこの機会を私が得ることができて私は運がいい。
そして、オファーをもらえるまでには本当にたくさんの人に支えてくれた。
無理だ、と私に言った人は一人もいなかった。
ある人は私と一緒に求人を探してくれたり、友達たちはいつも心配して言葉をかけてくれたり、励ましたりしてくれた。
私は生まれてから今日まで本当に人に恵まれている。
就活も本当に大変だったけれど、実はこれはまたやる予定だ。本当にやりたい職種が実はあるし、今回のオファーはあることに対して条件がある。
だから、本当にやりたい職種に向かってまた一歩踏み出す日が来る。
その時はまたNoteに感想を書きたいな。
ある人
今日までの私の日々をビックトピックごとに分けてみたけれど、全てにある人が関わっている。ある人=彼氏。この数ヶ月の間に彼氏ができた。実は前回の記事を書いた時にはもう出会っていて、でも本当に付き合うのかは定かではなかった。
私のこれまでの恋愛は薔薇のようだった。遠目で見た薔薇は美しいの一言で完結できる。でも近づくと、美しいと同時に花びらが落ちる儚さや、棘の痛々しさを感じる。そんな恋愛だった。
私はそれにちょっとしたトラウマを感じてしまい、もうしばらく恋愛からは遠ざかろう、そう思っていた。これもYMSでイギリスに来ることにした理由の1つでもある。
でも、その私の決断を暖かく包み込んで、凍らせていた気持ちを溶かしてくれた人に出会えたのだ。
人から思われる幸せ、人を思う幸せ、それを味わいながら白黒だったロンドンの地図に色を塗っている日々である。
終わりに
日本にいたとしたら、きっと数ヶ月の思い出を記事にできるほどの経験はしていなかったと思う。いつも通り1週間働き、週末は友人と会ったり、家でのんびりしたりする。そんな毎日も大好きだったけど、今もとっても刺激的で楽しい。
前回からの数ヶ月でこんなに状況が変わったのだから、きっとまた数ヶ月後には状況が変わるのであろう。
時々開くこのNoteにまた新しい私を作ってくれる大切な思い出を刻んでくれたら嬉しいな。