わるくない放送事故

年末の歌番組だった。

男はギター1本で歌っていた。

「子どもたちよお前たちは何を欲しがらないでも、すべてのものがお前たちに譲られるのです」

「世のお父さん、お母さんたちは何ひとつ持ってゆかない」

どうやら国語の教科書に載っているような古い詩に曲をつけてヒットしたらしい。

黒いサングラスから透けて見える目はほとんどずっと閉じたままだった。ギターのテクニックに芸は無く、ただ一つのことを考えて黙々と、掻きむしるような演奏だった。

下積み時代は度胸試しに墓場の前で歌っていたという。曲紹介のインタビューで緊張気味にボソボソと話し、アナウンサーはそれを聞いて笑っていた。

掻きむしっていた右手がテンポダウンし曲が終わる。男は頭を下げるや否や、ギターを宙に放り投げた。

観覧席から聞こえるまばらな拍手の音。カメラは慌ててギターを追った。

男は落下地点で頭をかがめて待っていた。ゴーンとぶつかった。ギターが転げ落ちた拍子にどこかでバチバチッと音がした。

うつむいて片膝をついた状態から数秒もたたない内にむくっと立ち上がり、マイクに手をかけて男は言った。

「飛び降り自殺に巻き込まれた女の子、痛かったでしょうね。ご冥福をお祈りします。」

男はすたすたと舞台袖へはけていった。

拍手は途絶えていた。カメラは司会席に切り替わる。アナウンサーは作り笑いの表情であたふたと喋りだす。

わるくない放送事故だった。

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