月光
このニュースを見た。
最近、「プロが評価する歌手」というような話をよく見るけど
男性では玉置浩二さんがよく名前が挙がる。
女性では、このたび、鬼束ちひろさんの名前が挙がったそうだ。
そういえばこの方を見ないなと思っていたら
「表舞台から消えた歌姫」とタイトルにある。
ああ、そうか、表の世界から消えていたんだ、と思った。
霊感が無かったというか
普通の暮らしをしていた頃、
私は、アメリカのポップミュージックとか、
北欧の綺麗な声の歌手などは聞いていたが、
玉置浩二や鬼束ちひろのような歌手は
ほとんど聞かなかった。
「ワインレッドの心」とか
「月光」といったような
売れた曲のことだけは知っていたけど
CDを買って聴くというようなことはなかった。
でも今、不思議なことに
はっきり分かるのだが、
彼らは「シャーマン」である。
そのことが、今は、とてもはっきりと分かる。
シャーマンとは何かというと
自分の解釈なのだが
現世と霊界とを繋ぐ人である。
この世界には必ず
シャーマンになる人間が必要なのだ。
そうでないと、
亡くなったまま、神のもとに戻ることができず
地上をさまよい続けている霊を
慰める人、浄化する人が
誰もいないままになる。
そうすると、不成仏霊とか、地縛霊のようなものが
いつまでも残り続けて、
それが次々に人に憑依をして
悲しみや苦しみ、悲惨な事件を引き起こしたりする。
それを自分に憑依させて
その代弁者となり、
彼らの悲しみ、苦しみ、嘆き、怒りを表現するのが
シャーマンである。
私が書いていることのいくらかの部分も
亡き霊たちの嘆きの声だ。
自分のご先祖さまも
亡き霊を自分に降ろして
その言葉を家族や親族に伝えることをしていたそうで
たぶんその隔世遺伝なのだろうと思うのだが
ときどき何かが降りてきて
衝動的にバーッと書いたりする。
ただ、自分は今、かなり除霊もしているので
精神的には安定しているというか
そこまで今、降りてこない。
だが、一時期は錯乱して
もう本当に何もかも分からないというような状態にあったので
シャーマンのような歌手の方々が
精神的に錯乱した時期があったりして
世間から干されていたりするというのも
何か人事に思えないというか
そういう時期がある、と思ってしまう
その時期は自分も
このままではいずれ精神病院に入るか
死ぬかするだろうと思っていた。
ただ、自分は
途中で聖書を読むようになって
宗教というか、信仰の道、というほど
きちんと信じてもいないのだが
それに救われたような形で、
次第に折り合いがついていったのだが、
鬼塚ちひろさんの「月光」という曲は
私は若い頃に聴いたのだが
まともに向き合うのが何か苦しいような感じのする歌だった
それこそ、幽界の世界というか
何か異次元のように感じられた
あの頃、自分は
どこか心の奥で
この人は怖いと思っていた
人間が鬼に出会ったら
それこそ、そんなふうに思うかもしれない
鬼とは何かといえば
幽界の存在である
そして鬼とは何かといえば
鬼は、神のあらわれなのだ
日本人はいつからか
鬼を魔物だと定義して、駆逐するようになった
平安時代の頃からだろうか、
鬼退治の話はたくさんある
しかし、私が今思うのは
鬼というのは、神なのである
それはなにかといえば
古代の日本、
おそらく、シャーマニズムがあった頃の日本、
シャーマンたちは歌や踊りをやっていた
そして鎮魂をするというのが
彼らの役割だったのだと思う
しかしそれを、
渡来系の人々は恐れた、
恐れて、得体がしれないものだと感じて
鬼を「封じた」のだ。
しかし、鬼を封じられた日本はどうなったかというと
死者の声を伝える人が誰もいなくなり
死者は霊界で、誰にも話を聞いてもらえないまま
誰にも気持ちを聞いてもらえないまま
何百年も何千年も彷徨うようになった
それは誰にとっても良いことではなかったのだ
たしかに鬼は怖いものかもしれない、
現世と霊界を繋ぐ存在というものは
普通の人から見ると得体のしれないものかもしれない、
けれど、そういう人は必要なのだ、
だからそういう人が生まれてくる、
それがこの国なのである。
しかし渡来人から見ると
鬼は幽鬼なので、怖いのである
特に中華系の人などから見ると
本当に怖いものなのだろう
だから、彼らはそれを封じて、魔物にしたのである
今もその延長線上にこの国は存在し続けているが
死者の声を聞かなくなった日本は
最近では、特攻で亡くなっていった方たちの
記念館も、財政難などの理由で
なくなるのではないかとか
そういう話があるけども、
そんなことばかりしている
その財源がどれほどのものだというのか?
お金など、言い訳にすぎない
彼らが恐れているのは「英霊」そのものだ
だから、それを無くそうとしているのである
自分が霊の世界に足を踏み入れてから
本当に狂ったようになってしまって
なぜこんな狂ったような世界で
人が普通に暮らしているのか
全く理解できず
発狂しそうだと思いながら生きていたのだが
きっと、
「月光」を歌ったときのこの歌姫も
そんな気持ちだったのかもしれない
あの当時は理解できなかったことが
今は理解できる
そして、あの頃、
先達の人たちが歩いた道を
自分はこの十年、二十年で歩いてきて
先にこの道を歩いていった人たちは
なんと孤独で、つらかったのだろうと
今さらながらにして思う
けれどその頃の自分は
なぜ彼らがそんなに「おかしい」のか
理解できなかったので
テレビやニュースが言うように
「何かおかしい人たち」というように
どこかで見ていたのかなと思う
こうしたアーティストたちが、
なぜときどきおかしくなってしまうのかというと
おそらく、その霊を降ろして
シャーマニズムのように鎮魂したりする中で
それに耐えられる器ではないときに
精神がバランスを崩すのだと思う
それに加えて、
そういう鎮魂の歌を歌う人たちのことを
悪霊はひどく憎んで攻撃することもある
なぜなら、成仏したくないからだ
彼らにしてみれば簡単な理屈である
そんな、鎮魂の歌を歌うな
今さらそんなものは聞きたくない
余計なことはやめろと
彼らは脅すのである
そうした複合的な理由があって
彼らは苦難の道を歩むことになる
それでも、その過程をどうも乗り越えたらしい自分が思うのは
彼らほど深い祈りの道に入ったわけではなくて
興味本位でかじったような人間なのではあるが
それでも自分が思うのは
やはり、ある程度の年齢になると落ち着くというか、
器として完成するというのか、
耐えられる人間になってくる
そして落ち着きを取り戻し
安定し、自信を取り戻し
再び輝き出す
けれどそこまでの過程は
非常に苦しいのであって
なんのために自分がそんなことをしているのか分からないし
なぜ自分は、他の人みたいに普通の人生を歩めないのかとか
いつも世の中から浮いたように感じるのはなぜかとか
そんな、人に言いづらい悩み苦しみがあるのだろうと思う
けれどそれを乗り越えた人々の声は
この混沌とした世の中にあって
暗闇にさす一条の光のように
なんて神々しく響くんだろうなと
そんなことを思いながら、しみじみと聴いた。
今の時代にこそ、
こうした人々の声が必要だから、また表にあらわれてきた、
この世界は、必要なものを全て揃えてくる、
けれどもそれはなんと苦難の道なのだろう。
あの頃怖いと思ったこの人を
今は、ただただ、尊敬をする。
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