【書評】幸せを問う『上弦の月を喰べる獅子』
『上弦の月を喰べる獅子』の上下巻を読了した。
妻に薦められて読んだのだが、面白くて4日ほどで読み終えた。
本作は仏教的宇宙観をベースに「螺旋」というキーワードで紡がれた物語。
第10回日本SF大賞を受賞した大作で、ヨガや整体をやっている人にも人気の本だ。
少しだけあらすじを紹介すると、主人公は「アシュヴィン」という名前で、彼は螺旋蒐集家の男と、岩手の詩人(宮沢賢治)の二人が、混沌の中で一人になった「双人」だ。
アシュヴィンが記憶を失った状態で、見知らぬ世界「蘇迷楼(スメール)」に海から上がるところから物語が始まる。
その世界では、渦巻き状の螺旋虫が生息し、海から続々と魚が上陸する世界だった。
アシュヴィンはさまざまな人や異形の存在との出会いを重ね、その世界の山の頂上を目指す。
作者の夢枕獏(ゆめまくらばく)は1951年1月1日神奈川県小田原市生まれ。
独特なペンネームが印象的だが、その由来は、夢を食べるとされる伝説上の生物「獏」と、夢のような話を書きたいという意味を込めている。
安倍晴明を主役とした『陰陽師』シリーズで、晴明ブームを巻き起こした人物だ。
『上弦の月を喰べる獅子』は10年という長い時間をかけて書き上げられた。
著者はあとがきにて「これは進化の物語である」と書いており、「数式を使わずに、言葉、表現、言い回しによって宇宙を語ることはできないのだろうか」とも述べており、仏典やインド哲学、インド神話、遺伝子工学、宮沢賢治の作品などをベースに物語へと昇華されている。
SFというジャンルになってはいるが、ガチガチなサイエンスという感じはなく、幻想小説や哲学的、または宗教的文学作品といった方が近い。
そしてストーリーの間には、禅問答のような難解な哲学的問いと答えが展開され、人の存在や幸せについて考えさせられる。
仏教に詳しいとこの辺りも楽しめるのだろうと思ったが、ぼくは力不足で、読み飛ばしてしまった。
それでも上巻の100pあたりから、主な舞台となる「蘇迷楼(スメール)」へ移動し、そこから魅力的な物語に一気に最後まで引き込まれた。