聴くジャンルをひろげてくれた 『For Emma, Forever Ago』 BON IVER
いまやインディー・ロックの枠を遥かに飛び越えて、テイラー・スウィフトをはじめとする著名アーティストとのコラボレーションでも知られることになったボン・イヴェールの1st アルバム『For Emma, Forever Ago』がリリースされたのは2007年。それまで私が聴いてきたものとは少し違う、不思議な音楽でした。
ボン・イヴェールは一応、バンド名ということになっていますが、その実態はほとんどジェスティン・ヴァーノンのソロ・プロジェクトと考えていいと思います。名前はフランス語のBon Hiver(良い冬)に由来しているそうです。
病気やバンドの解散、失恋などが重なったジャスティンは独りで雪深いキャビンに籠り、これらの曲をレコーディングしたそうです。アルバムジャケットには凍てついた窓ガラスから見える風景が使われていますが、ここに収められている音楽をとてもよく表していて、これからの季節に聴きたくなる一枚です。
最初に聴いたボン・イヴェールは ⑵ Skinny Love でした。バックカントリースキーの映像に使われていて、その映像以上に音楽に惹きつけられたのを覚えています。クレジットを見て「Bon Iverって誰?何て読むの?」と思いながら当時のiTunesストアで検索してみるとしっかり出てきて、すぐにこの1曲を購入しました。
それからしばらくは営業で回る車中で繰り返し聴きました。決して特別なことはしていないフォークソングと言って差し支えなさそうなこの曲ですが、オープンCにチューニングされたリゾネーター・ギターと思われる音であること以上になんとも不思議な響きがあり、相当な中毒性がありました。
後にアルバムを入手し、その全体像を知るわけですが、ファルセットを多用する歌唱のせいなのか、それは神秘的で厳かな独特の世界を持った音楽でした。
⑴ Flume からその世界は全開で、失礼な言い方ですけど際立って好きということでもないのに何度も聴いてしまう不思議な曲から始まります。ピーター・ガブリエルもカバーしていますから、やっぱり何かある曲なのでしょう。
人生に降りかかる困難を狼に喩えた ⑷ The Wolves (Act 1&2)も私にとってはあまり経験のない展開をする曲で、終盤の荘厳な響きに感動しました。
失意や痛みの曲が続く中で、行進曲のように響く⑻ For Emma がいくらかの救いとなり、最後の⑼ Re: Stacks で静かに美しく、次へ向かいます。
全9曲の37分はあっという間で、何度聴いても不思議な気持ちにさせられる傑作です。これらを山小屋に籠もって古いMacとProToolsで作り上げたのかと思うと、やっぱり尊敬しますね。アーティストってすごい。
北海道から大阪へ移り住んで4年になりますが、この時期にこのアルバムを聴いているとさすがに雪の北海道を思い出しますね。少し遠出した営業の帰り、大雪で高速道路が通行止めになるとトレーラーなどの大型も含めた全ての車が下道を走ることになります。もちろんそこも同じように大雪なので大渋滞。逃げ道もなく、全く進まなくなった車中で本作を聴いていたものでした。この頃にはiPodを車にUSB接続できるようになっていましたから、本当に助かりましたね。
ボン・イヴェールは2011年の『Bon Iver』でその存在を確かなものにしており、世間的にはこれが代表作となっていると思います。『22, A Million』からはサンプラーを導入してサウンドを変化させますが、根本にある雰囲気は変わっていません。
そして、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーとBig Red Machineを始め、やはり他とは少し違う音楽を聴かせてくれています。Big Red Machineの2枚もお気に入りです。
ニック・ドレイクなんかを聴いていた人からすればそれほど新しく感じるものではなかったのかもしれませんが、ギター、ベース、ドラムによる典型的なバンドサウンドを中心に聴いてきた私にはとても新しかったですし、その後の世界、聴くジャンルを広げてくれた存在になりました。
まさかテイラー・スウィフトにフィーチャリングされるようになるとは想像もしませんでしたが、これからも自身のやりたいことに誠実な音楽を聴かせてほしいアーティストです。
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