箱庭のいばら姫

あるところに、ひとりの少女がいました。
少女は歌を歌い、一人、こう呟きました。
「ああ、私なんていなくても。
案外世界は回ってしまうのね。

私なんかいなくても。
後悔なんてされないのね。」

少女はひとりぼっちです。
いつまでも、心は黒く塗られたまま。

ああ、なんということでしょう。

世界は彼女を愛さないのです。

ああ、なんと無様でしょう。

この世は彼女を救わないのです。

これは、そんな少女が生きるお話。

そんな少女が、生きる希望を見出すお話。

きっと、届くことはないのでしょう。
きっと、消えてゆくのでしょう。

けれど彼女は、こう言うのです。

「世界はきっと、君を見ているよ。
花束のように、きれいな世界が。」

『箱庭のいばら姫』

今は今際、死んでしまいそうなくらいに静かなあるところに、とても素敵な女の子がいました。
少女は口ずさみます。「ラララ、歌を歌いましょう!独りぼっちじゃないのだから。
お花も、木も、動物さんも、なにひとついなくなってしまったけれど、私は一人じゃないわ!
決して一人じゃないわ!今日も一人で、涙を流すことになっても!」

彼女の髪と肌は白く、透き通るようで、まるで足跡のない新雪のように澄んでいました。
その白さのなか、両目にらんらんと光る赤色の瞳は、明るいはずなのに真っ黒で、がらんどうとしていました。
その、熱を感じさせない、冷たい、とても冷たいその体躯は、まるで雪のようでした。

どこからか、声がします。
『あれを知らないやつなんていないよ』『嫌われ者のいばら姫だ』『死んじゃえばいいんだ!』
『まだ生きてるんだ』『独りぼっちに閉じ込められたいばら姫だ』『あれを知っているやつなんているのかな?』

いばら姫は、そんな声になんて見向きもせず。むしろ、そんな声に胸を躍らせ、タッタッタとリズミカルに飛び跳ねました。
そらから飛び降りてしまおうかしら。そら、跳んで跳ねて。ここから足を滑らせれば、きっと独りぼっちをやめれるから。
きっと、あっちにいければ。ここから出れば、一人じゃないから。

「生まれなおせるなら罪なき身体に。」

「愛され一生忘れられぬように。
ひとりの少女として、もう二度と忘れられぬように、どうか、明日にいけるように。」

「いつの日か言われた、冷たい言葉にはもう慣れちゃった。頭の中から、ずっと消えなかったから。
言い訳だってされ尽くした。誰からも愛されなかった記憶は、ずっと友達だったから。
邪魔者だって食べられた。私がいない世界は奇麗だなんて言われつくした。」

「つぎは、いまみたいに、一人っきりにはなりたくはないな。」

少女はひとりぼっちです。一人ぼっちで、一人ぼっちで、独りぼっちで。

醜い姿をご覧なさい。見るに堪えないような、その、とても醜い姿。
「もう、もう戻るには、遅いのかな?
なんで馬鹿にされたの?私が悪いの?分かんないよ。全然、分かんないよ。」

感じる傷は幸か不幸か。彼女が一人ぼっちじゃないという証明なのです。

私は、夏の日差しに熔けるみたいな。そんな世界を望んでいたはずなのに。
「うるさいなあ、どうせ、私は独りぼっちなのに。」
 狙いすましたように私を見つめる、その、黒い黒い、真っ暗な世界は。
 「どこにでもいる誰かに、なりたかったなぁ。」
体温にすら惚けてしまいそうなその人生に、悲しさすらも覚えてしまって。
「美しくなりたかった!世界でただ一番になれるくらい!なんて思ってみたかったな。」
争いすら知らない少女は、ただただ、蹂躙されることしかされなかった少女は、呟きます。
「あなたのためになら踊って見せるわ!そんな素敵な台詞が言ってみたかった。」
ずっとずっとずっとずっと傍にいたい!
「けれど私は孤独な道化。」
それを否定してみせるわ!恋に不可能はないの!なんてくさい言葉でも、吐いてみちゃおうかな。
「会いたくて会いたくて、仕方がないの。そんな誰かに。」
日々を過ごす中で増えていくこの感情を、ずっと、ずっと、抑えてきたの。
けど。
「召使いが欲張るかのごとき無様さを、誰が許してくれるのだろう。」
「もし、そんな誰かに出会えても。お互いを愛せなんてしないわ。」
「鋏で切り貼りしたみたいな揃い具合を、そんな関係しか知らない私には。」
「愛を分かっていない化け物らしい、無様さね。」
「無様に、雪の中へ消えていきなさい。なにも分らぬまま朽ちていきなさい。」

素晴らしい人生なんて、もう駄目なの。
鳴きましょう。泣きましょう。

愛して、ただ壊れぬように、なんて思いすら届かない独りぼっちには。

心を照らして、花火のように煌めいてくれる人なんて見つけられなかった私は。

踊って、夜を一人っきりで過ごすのはもう嫌なの。

生まれた日に。
命の短さを呪って。

白が揺れた この世界に
今日も一人の女の子が。

いばら姫は、そんな声になんて見向きもせず。むしろ、そんな声に胸を躍らせ、タッタッタとリズミカルに飛び跳ねました。
そらから飛び降りてしまおうかしら。そら、跳んで跳ねて。ここから足を滑らせれば、きっと独りぼっちをやめれるから。
きっと、あっちにいければ。ここから出れば、一人じゃないから。

「彼方、わたしが自分を愛せるまで。」

「どうか、幸福な道を歩めるように。」

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