【Vol.2】弁護士実務にソーシャルワークを活かす意義~依頼者理解を中心に
本記事では「法律のひろば」に連載中の「弁護士とソーシャルワーカーの対話」の第1回目(2023年4月号掲載分)を特別公開いたします。
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とある若手弁護士(以下「弁」)が、独立型事務所を経営するベテランのソーシャルワーカー(以下「SW」)に、受任事件の悩みを相談しました。
Ⅰ 事例編
弁 正直、よく分かりません。「夫が自分で出て行ったのだから、私が住み続けるのは当然だ」と言うばかりです。
SW そうなのですね。依頼者さんにとって今のご自宅が、何か特別な存在だと感じておられるのかもしれません。家を建てるにあたって、特別な想いもあったと思います。
もう少し、依頼者さんの自宅に対する想いや背景を知りたいなと思いました。たとえば、依頼者さんのご両親はご健在ですか? ご両親のお考えなどは分かりますか?
弁 依頼者の両親は、依頼者が高校生の頃に離婚し、母親がシングルマザーとして依頼者を育てていたようです。父親とは、それ以来ずっと疎遠のようです。母親とも、あまり仲はよくないようで、子育てのサポートや経済的な援助をしてもらうことは難しいと言っていました。
SW ご両親ともあまりうまくいっていないようですが、何かご事情があるのでしょうか?
ご自身の幼少期、親御さんに愛されたかった思いとか、親御さんから感じたつらさなどがあったのかもしれないですね。どんな思い出がありますかね……。
実は、そのことを弁護士の先生に「分かってほしい」という気持ちがあって、その裏返しで先生に対してシャットアウトされているような感じになっているのかもしれませんね。
弁 詳しくは聞いていませんが、両親が離婚する際に、住み慣れた持ち家を売却して引っ越したそうで、依頼者はそのことが嫌だったと話していました。
SW なるほど。ご自身も、ご両親の離婚、持ち家の売却、引っ越しを経験されているのですね。
依頼者さんにとって「家」というのは、帰ってこられる安心できる場所だったり、親からの愛情が受けられる大事な場所だったりするのかもしれないですね。
そんな家を、ご両親の離婚で手放すことになってしまい、ご両親への複雑な感情もあって、もしかしたら、離婚した後も持ち家に住み続けることに執着されているのかもしれませんね。
また、ご自身のお子さんに対しては、今の自宅で愛情を感じて健やかに育ってほしいというお気持ちがあって、「家を手放すことで母親失格になる」というような恐怖心があるのかもしれません。もちろん、あくまで想像に過ぎませんが。
弁 ああ、確かに。そういう背景もあるのかもしれませんね。
そうだとすると、依頼者にはどのような説明の仕方や働きかけをするとよいのでしょうか?
SW そうですね。たとえば、先程お話ししたように、家を手放したくないのには、依頼者さんなりの家に対する想いがあってのことだと思います。そこからお話を伺えませんかと、一度面談を持たれるとよいかと思いました。
その上で、たとえば、今のご自宅を購入したときの気持ちだとか、自宅でのお子さんとの思い出や子育てでご苦労なさったことなどを、じっくり聴かれてみてはいかがでしょうか。
家庭裁判所の調査官も、親権者としてふさわしいという意見を出されたようですから、依頼者さんは、今のご自宅で懸命に子育てをされてきたのではないかと思います。
その上で、仮に自宅を手放すことになっても、母親として失格では全くない、ということに気づいていただければよいのですが。
弁 お子さんは小学1年生ですから、まだまだこれからお金が必要になります。母親としての責任感を強く感じておられるのであれば、なおさら、今の自宅にこだわるよりも、養育費をしっかり確保したり、極力コストがかからない住宅に引っ越したりする方が、お子さんのためにもなるということは伝えてあげたいと思っています。
SW そうですね。自宅という「場所」が大事なのか、つまり、今の自宅に「何を求めているのか」、そのあたりのお話を伺うことで、今後の方向性が整理されてくるかと思いました。養育費や生活に必要な予算など、具体的な数字を出すことも必要かと思います。
離婚後どのような生活を望んでいるのか、たとえば子どもとどんな生活を送りたいと思っているか、ご自身はどんな生活をしたいと思っているかなど、経済的なことも含めて具体的にお話しを伺えたらと思いました。
また、どんなことが辛くて思わず包丁を持ち出してしまったのか、今後ひとりで家事や育児をしなくてはならず、さらに金銭的なことも重なると、別の大変さが生まれることなども共有できるといいかなと思います。
親御さんとの関係が良好でないということなので、ご本人の悩みを相談できる方は周囲にいらっしゃいますか? 児童福祉課、子ども家庭支援センターなどの窓口で、シングルマザーとして仕事をしながら子育てをするためにはどんな制度が活用できるか、一度相談してみることもおすすめできるとよいなと思いました。
弁 その点も伝えてみます。
正直なところ、依頼者に対しては、せっかく有利な条件で和解できそうなのに、自宅のことで無理な要求ばかりすると感じていて、苦手意識がありました。今の自宅での思い出や子育ての苦労など、十分話を聴けていなかったかもしれません。
SW 依頼者さんが一見、無理な要求ばかりするように見えることがあるかと思います。それでも、ご本人なりの想いや背景があることを理解することで、今後の希望する生活に向けてどのようなことが課題となってくるかを整理し、その課題解決のために何が必要となってくるのか、制度など社会資源の利用も含めて、前向きな整理ができるようになると思います。
弁 もう一度、よく依頼者と話してみたいと思います。今日はありがとうございました。
つづきは以下の記事から
本文中に登場する事例は筆者らの創作によるものです。実在する事例とは一切関係がありません。
著者略歴
浦﨑 寛泰(うらざき ひろやす)
佐藤 香奈子(さとう かなこ)
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