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【Vol.4】弁護士実務にソーシャルワークを活かす意義~依頼者理解を中心に
本記事では「法律のひろば」に連載中の「弁護士とソーシャルワーカーの対話」の第1回目(2023年4月号掲載分)を特別公開いたします。
前回の記事はこちら
とある若手弁護士(以下「弁」)が、独立型事務所を経営するベテランのソーシャルワーカー(以下「SW」)に、受任事件の悩みを相談しました。
Ⅱ 解説編
3 依頼者の「生活の全体像を理解する」とはどういうことか
ICF(International Classification of Functioning,Disability and Health)は、WHO(世界保健機関)により2001年に採択された、生活機能の分類方法(モデル)です。
図1のとおり、ICFは、「生活機能」として、①心身機能・身体構造、②活動、③参加の3つのレベルに分類しています(図1の中段)。②の活動は、個人レベル・生活レベルでの具体的な行動を指します。③の参加は、社会レベル・人生レベルでの、家庭や社会への関与・役割を果たすことを指します。
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さらに、このような「生活機能」に影響する「背景因子」として、①環境因子、②個人因子に分類しています(図1の下段)。これに、「健康状態」(図1の上段)を加えて、これらの構成要素が相互に影響を及ぼし合うものとされています。
ICFは、その人の「生活の全体像」を理解する共通言語として用いられています。ICFの詳細な説明は紙幅の都合により省略しますが、本稿では、依頼者の「生活の全体像」を理解するためのツールとして、ICFの考え方を参考にしたいと思います。
今回の事例では、依頼者は自宅を手放すことに強い抵抗を示していました。依頼者が「家」に対して特別な想いを持つ背景を理解するためには、依頼者の「生活機能」の状況を把握する必要があります。特に、依頼者にとって、「家」が「活動」(個人・生活レベル)や「参加」(社会・人生レベル)において、現在どのような機能を果たしているのか、あるいは、もし依頼者が家を失ったら、「活動」や「参加」にどのような制限・制約が生じ得るのか(生じうると依頼者が考えているのか)を理解する必要があります(図2)。
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そして、そのような「生活機能」は、どのような「背景因子」(①環境因子、②個人因子)が影響を及ぼしているのか、把握に努めます。
背景因子のうち「①環境因子」は、人的な環境(家族、友人、仕事の仲間など)、社会的な環境、制度的な環境(医療、保健、福祉、介護、教育などのサービス・制度・政策)などです。本事例では、今の「家」に住むことで、実家や職場が近い、周囲との対人関係がとりやすい、子どもの学校が良好である(転居による転校は避けたい)といった例が考えられます。
背景因子のうち「②個人因子」は、非常に多種多様です。性別、人種、年齢、健康状態、体力、ライフスタイル、習慣、成育歴、困難への対処方法、社会的背景、教育歴、職業、過去及び現在の経験(過去や現在の人生の出来事)、全体的な行動様式、性格、個人の心理的資質、その他の特質など、様々なものが含まれます。
本事例では、依頼者自身の両親の離婚、持ち家の売却、引っ越しといった過去の経験が、重要な影響を与えているのではないかという仮説がソーシャルワーカーから提示されていました。
これらの背景因子(①環境因子、②個人因子)を前提に、家事、子の養育状況、周囲との対人関係、就労状況、金銭管理や貯蓄といった経済状況など、依頼者の「生活機能(特に「活動」と「参加」)」の状況を理解していくことで、次のステップとして、仮に「家」を確保することを優先した場合に想定される状況と、逆に「家」を手放す場合に想定される状況とで、将来の依頼者の「生活機能(特に「活動」と「参加」)」にどのような影響があり得るのか、依頼者と具体的なイメージを共有していくことが可能となってきます。
たとえば、家の確保を優先した結果、夫側からの経済的援助が乏しくなることや、家の維持のコスト(住宅ローンの負担等)が増える可能性があること、その結果、収入を得るために勤務時間が長時間となり、子どもと過ごす時間も減ってしまう可能性があることなど、様々な可能性が考えられます。そのことは、依頼者が「家」を確保することによって実現しようとしている重要な価値観(母親としての責任感など)をかえって損ねてしまうことになるかもしれません。
他方で、もし現在の家を手放すのであれば、それによって、依頼者の「生活機能(特に「活動」と「参加」)」にどのような影響が生じ得るのか、また、より良い環境のためにどのような福祉サービスその他の社会資源を活用できるのかも、重要な要素となり得ます。転居先の家が、依頼者が望む「家」の機能を持ち得るのか、依頼者が「家」を通して何を大切にしたいと考えているのか、それは、「家」とは別のかたちでも実現できるものなのか、様々な角度から検討できるかもしれません。
以上のように、ICFの考え方を参考にして、依頼者の「生活の全体像を理解する」ことで、複数の実現可能な選択肢のうち、依頼者にとってどの解決案がベターであるのか、また、依頼者の価値観その他に照らしてどのような解決案が最も受け入れやすいのか、ヒントが得られるかもしれません。
4 本連載の目的
連載第1回目の本稿では、依頼者の「生活の全体像を理解する」ことの重要性を中心に、ソーシャルワークの知見を弁護士実務に活かす視点について考察しました。もとより、ソーシャルワークの知見は、依頼者理解に役に立つ、というだけではありません。たとえば、支援者(弁護士)自身の自己覚知、適切な社会資源の選択・環境調整の技術、依頼者との信頼関係の構築・コミュニケーション方法、依頼者からの情報収集方法、依頼者が適切に意思決定できるようにするための心構えなど、弁護士実務に有益なソーシャルワークの知見はまだまだたくさん存在します。
本連載では、民事事件・家事事件・刑事事件といった分野・領域を問わず、弁護士とソーシャルワーカーの「対話」の具体例を紹介しながら、各回、種々のテーマを取り上げながら、弁護士実務にソーシャルワークの知見を活かすヒントを探っていきたいと考えています。
本連載を通じて、読者の皆様が、日頃なじみが薄いと思われるソーシャルワークという領域に関心を持っていただき、多少なりとも実務のヒントとして活用いただければ幸いです。
本文中に登場する事例は筆者らの創作によるものです。実在する事例とは一切関係がありません。
著者略歴
浦﨑 寛泰(うらざき ひろやす)
1981年生まれ。岐阜市出身。2005年弁護士登録。
長崎県の離島(法テラス壱岐)で活動した経験や、法テラス千葉で障害のある方の刑事弁護を数多く担当した経験から、弁護士とソーシャルワーカー(福祉の専門職)が協働して活動する必要性を痛感。2014年社会福祉士登録。
現在、ソーシャルワーカーズ法律事務所代表。
日本司法支援センター(法テラス)常勤弁護士業務支援室室長。
共著に『福祉的アプローチで取り組む弁護士実務―依頼者のための債務整理と生活再建―』(第一法規)など。
関連サイト:日本のプロフェッショナル 日本の弁護士|2021年6月号
佐藤 香奈子(さとう かなこ)
障がいをもつ児童の入所施設で保育士として勤務。
その後、総合病院でMSW(Medical Sociai Worker)として勤務後、精神科病院デイケア、精神科クリニックにてMHSW(Mental Health Social Worker)として勤務。
地域に活動拠点を移し、アウトリーチ支援チームに所属後、グループホーム、就労継続支援B型事業所で勤務。
法律事務所の常勤SWとして勤務。
現在、フリーランスのSWとして活動。
関連サイト:オフィスヒラソル公式HP
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