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【ディスクレビューみたいなもの】PILOT/多次元制御機構よだか

就職活動のために書いたディスクレビューだけど、この企業にはディスクレビューを含むワークシートでの選考通過の後、面接でしっかり落とされてしまったので供養したいと思う。
ディスクレビューにしては硬い文面で読みにくい上、勝手な解釈も多分に含まれるのでかなり好き嫌いは分かれる文だと思われるが、どうか私の、このアルバムへの愛が伝わってほしい。



アーティスト名:林直大(多次元制御機構よだか)
作品名:PILOT

「PILOT」は,林直大によるソロプロジェクト「多次元制御機構よだか」の活動において,昨年8月にリリースされたミニアルバムである。7曲(25分間)で構成されており,疾走感と聴き応えが両立された作品であるということが,一聴した際の印象であった。加えて,驚いたことに,曲ごとではなくアルバムを通して,ひとりの主人公のような存在,そしてその人生が明確に想起された。本評では,この印象形成がいかにして行われたかについて1曲ごとに分析することで,林直大によって表現される精神世界の奥行きを紹介する。

「PILOT」の物語は,一曲目「システムオールグリーン」から始まる。まず,タイトルに着目したい。オール・グリーンとは,軍事用語で「システムが正常に作動する」という意味を持つ。さらに,歌詞の「アンドロイドの街に遠く手を振る銀河鉄道」という一節は,漫画およびTVアニメ「銀河鉄道999」のストーリーから着想を得た表現であろうことがうかがい知れる。これらの要素から,主人公が「PILOT」となり,異常なし(オール・グリーン)の機体で宇宙へ飛び立つ瞬間を躍動的に描いているのが,この「システムオールグリーン」という曲であることが理解できる。あるいは,この曲における主人公を聴き手に置き換えることによって,アルバム「PILOT」の物語世界へ飛び立つワクワク感が増幅する。「システムオールグリーン」は導入の一曲として,この上ない役割を果たしているのである。

二曲目「飛鯨五十二号」で描かれるのは,「君」との濃密かつ刹那的な関係性である。曲の始まりは一曲目の爽やかなサウンドからは一変して,どこか寂しく,深夜の暗さを彷彿とさせる。曲調はサビに向かうにつれて明るくなっていくが,メロディーラインは「君」への想いの増幅ともに増す焦燥感を孕んでおり,そのバランスが心地よい。歌詞にも,宇宙に二人きりになったような,恋愛における全能感が存分に表現された楽曲だ。

 注目すべきは,三曲目「蛞蝓」である。「なめくじ」と読む。「PILOT」に限らず,多次元制御機構よだかの過去作にて愛や全能感,寂しさが表現されることはあれど,これほどまでに鬱屈とした挫折が描かれることはなかった。電子音が強調されたサウンドとスローテンポでの進行により,薄暗い部屋にて,ブルーライトを放つ画面を見つめる青年の姿が思い起こされる。「普通」のレールから外れ,ゆっくりと朽ちていくように思われる自分自身を「蛞蝓」に見立てる的確さと,一・二曲目の明るいメロディーとの対比が,もの悲しさをいっそう引き立てているように感じられた。概して清涼感のある曲が多い「PILOT」の中で,一辺倒にならないためのスパイス的役割を担う曲であるとも言えよう。

 「蛞蝓」のあとには,間髪入れず4曲目「天國」が始まる。多曲と比較して,疾走感よりも跳ねるようなリズム感が特徴的な一曲だが,あえて歌詞に注目したい。林自身の意図は不明であるものの,「天國」は,直接的なメッセージ性よりも,跳ねるメロディーラインを壊さないよう,語感の良さを重視して作詞されたことが推測できる。「濡れた眼差し 蛍光回転銃」や「人形浄瑠璃のコクピット」など,通常おおよそ結びつかない単語同士が文を形成していることからも,これは明らかである。しかしながら,難解な歌詞の中に突如として真っ直ぐなフレーズが現れると,その一節のメッセージ性は爆発的に増大する。初めて二番サビの「一人でも生きていけるなら 掠り傷で助かるのに」という一節を耳にしたとき,あまりにもはっきりと情景が想像できたことをよく覚えている。思い浮かんだのは,「君」とともに居たい反面,ともに居ることで深く傷ついていく葛藤に苛まれる青年の姿であった。

 続いて,五曲目は「INTERNET LIVING DEAD」。三曲目から続くダークさを引き継いではいるものの,「蛞蝓」の陰鬱さとも, 「天國」のメロディアスな感傷とも異なり,主人公の眼差しは自己や「君」さえも包括した全世界に向いている。ある種の攻撃性をもって,現代のインターネットに蔓延する偶像崇拝的側面に切り込むような歌詞が印象的である。しかし,攻撃的なフレーズを歌い上げる林の声に,感情が乗りすぎていないことにも注目すべきだ。どこか気の抜けたような歌い方が,この曲におけるシニカルな目線をより強調することに一役買っている。

 六曲目「ミルキーウェイ・トラフィック」から,多次元制御機構よだかのアイデンティティともいえる,宇宙を駆け抜けるような快活なサウンドがふたたび顔を出す。この曲を単体で聴いても,もちろん魅力的である。しかしながら,アルバムのこの位置に「ミルキーウェイ・トラフィック」が配置されていることにこそ,大きな意味があるのではないだろうか。「蛞蝓」と「天國」,「INTERNET LIVING DEAD」で表現された仄暗い世界への眼差しを踏まえて,それでもなお今を生きようとするひたむきさが,アンビバレントな魅力を生むためである。「『でも』や『だけど』の分 破いてきた地図を貼り合わせ何が写るだろう」という一節からも,苦悩を経て前を向こうとする確固たる意志が感じられる。合唱曲を思わせるサビのメロディーも,こうした印象を決定づける確かな材料になっている。

 最後の曲は「曲名」である。これまでの傾向とは一変して,バンド活動中の青年たちの様相が,物語のような具体性をもって語られた楽曲だ。シンプルなバンドサウンドに加えて,イントロなど,随所でツリーチャイムのような音色が加わることで,きらきらとした青春の美しさが引き立つ構成になっている。一聴するとただ爽やかな曲という印象だが,特筆すべきは散りばめられた遊び心である。「手数じゃなくてハートだろ」というフレーズの裏で爆発的に増えるドラムの手数や,「神経伝達衝動物質」に「エレキ」・「神経伝達衝動交流」に「エレキテル」というルビを振る箇所,句点とエクスクラメーションマークの振り方など,枚挙にいとまがない。多次元制御機構よだかにおける「王道」なようで挑戦的,そして明るい未来への展望を想像させるこの曲で「PILOT」を締めくくることで,一つの物語を終えてもなおワクワクとした余韻を残すことに繋がっている。

 私が「PILOT」を聴いて想起した主人公の像とは,「世界を見つめ始めた男子高校生」である。ここまでの曲ごとの分析でもわかるように,このアルバムには強いストーリー性がある。思春期特有の全能感や初めて感じる愛情,現実に直面して抱く強い憎しみの感情,世の中に対するシニカルな視点などが順に登場し,それらを踏まえて,弱いままでも立ち向かわんとする決意が表現された,まさに一人の人生を描いたようなアルバムだ。あらゆる意味で過去作の枠を飛び越えながらも,聴き手に対して統一性のあるストーリーを提示しているという点で,林直大の構成力には感服せざるを得ない。私は「PILOT」を,感受性が研ぎ澄まされる思春期の世代が聴いても,世界への見方がある程度定まった世代が聴いても,異なる輝きを放つ作品であると確信している。

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