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平気で生きる
物心ついたときから家には猫がいた。いちばん最初に飼ったミーヤという猫はとても利口でいつもツンとすましていた。わたしが学校に行っている間もミーヤは家にいて、そして長い時間を母と過ごしていた。私ら子供が呼んでも振り向かないのに母が呼ぶと必ず振り向くのが癪で、何度も大声で呼びかけては逃げられていた。あとで、猫は大きな音が苦手で猫に好かれたければなるたけ静かにしているが良いことを知った。
母はある時、傍らで眠るミーヤを眺めながら「猫から学ぶことは多いのよ」と言った。何もしない猫から何を学ぶことがあるのか、わたしには不思議だった。
ミーヤは十八歳まで生きた。もともと小さい体は痩せ細りさらにぺしゃんこに薄っぺらになっていた。毛繕いが出来なくなり毛がゴワゴワと油で束になっていた。
ある冬の日、ミーヤは覚束ない足取りで玄関から外へ出て行った。家の者の中で父だけが最後その姿を見たらしい。ミーヤはそれきり帰って来なかった。
母は陶器でできた小さな猫の置物を枕元に置いて「ミーヤ」と呼びかけていた。人が死んで一番はじめに変わることはその人の名前を呼ばなくなることなのだと言って。
猫は自らの死期を悟ると身を隠しひっそりと死んでいくのだと聞いたことがある。自分の死に際を晒すことを由とせず、いかにも猫らしく潔い話だと思った。ミーヤもその例に倣い慎ましく死んでいったのだろう。
しかしその後、猫の習性について書かれた本を読んだ時、それが間違いであることを知った。
猫は自分の体がいよいよ危ないと察知すると、外敵に襲われる心配のない安全な場所で回復するまで身を隠すのだそうだ。そして、その間に力尽きて死んでしまうのだという。
つまり、猫は死ぬために身を隠すのではなく、生きるために身を隠すのだ。
かつて、永平寺を特集したテレビ番組で宮崎奕保禅師が「悟りとは平気で生きることである」と仰っているのを観た。これは正岡子規の随筆『病牀六尺』の一節で「余は今まで禅宗のいわゆる悟りという事を誤解していた。悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きている事であった」である。
悟りとは死を受け入れて潔く死ねる勇気や覚悟のことではない。いかなる場合にも「今」という命をそのままに生きるということなのだ。わたしはそれがミーヤの生き方と同じだと思った。
ミーヤは最後までただ、今の現状に対応していただけだった。身体に不調を感じているから体を休めるということをただただ行っていた。そこに「死」はない。ただ今生きている今ここがあるのみだ。
死に対しての生、老いに対しての若さ、病気であることに対しての健康、わたし達はいつも比べ合って今の状態を認識する。そうして、過ぎてしまった過去を惜しみ、まだ来ていない未来を憂いて右往左往している。
しかし、比べ合う見方を止めて立ち止まってみれば、地に足をつけ頭上に大空の広がっている今ここに、わたしが立っているだけだ。それ以外どこにもわたしはいない。
生きていれば良いときも悪いときもある。若く溌剌としている時もあれば、歳をとり病に臥すときもある。そのどれもがそのままわたしなのだ。
自分の思いのままにならない現状をそのままに受け入れて今のわたしを精一杯生きることが「平気で生きる」ということなのだろう。楽しい時は笑い、苦しい時は泣き、具合が悪い時は休み、自然の音に耳を澄ませ、風を感じ、その日一日一日をただありのままに生きる。
今日も呑気に眠っている猫を眺めながら、わたしは母の「猫から学ぶことは多い」という言葉をしみじみと思い出すのである。
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