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【舞台脚本小説】 Draw The Curtain (10)

※掲載させていただいている写真はイメージです
※この作品は続きもの、舞台脚本を小説化したものです。
これ以前の話や続き・この作品の詳しい説明はマガジンにまとめております。
是非ご覧ください。


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夏の部屋

窓からさす光が、火野の足元を照らしていた。そんな中、二人の男が向き合っていた。名取は入口に立ちはだかり、そんな名取を、火野は睨んでいた。

「おい、そこ、どけよ。」火野が低い声で言った。
「どかない。」名取は短く返事をした。
「どけよ。」
「どかない。」

一言ずつ交わされるたびに部屋の空気は微妙に変化していく。火野の声色が少しずつ怒りを帯びていくのに対し、名取の態度はあくまで冷静だった。

「どけ!」
「どかない。」

苛立ちを隠せなくなった火野は大きく息をつきながら、名取をさらに睨みつけた。
「名取、お前は俺にここまで来て、何もせずに引き返せってのか?」
「火野さん、目を覚ましてください。」
名取はあくまでも冷静に返事をした。

火野は信じられないという顔で返す。
「は? とっくに覚めているよ。」
「いや、覚めてない。」
「覚めている。」
「覚めてない。」

この無限ループのような会話に痺れを切らした火野は
「覚めてるって言ってんだろうが!」
と、ついに声を荒げ、そして勢いよく名取に向かって突っ込んだ。

「後悔しろ!」  火野は力一杯、名取にぶつかろうとした。
しかし名取は微動だにせず、火野の突進をあっさりといなした。火野はよろめきながらも再び突っ込むが、またもや名取に阻まれた。

名取は思った。
なんて弱いんだ。
これが大人の押し合いか?
まるでちびっこ相撲でよくみられる、大人の力士と極細の子供との取り組みじゃないか…と。

「どけぇ! 暴力はやめろ!」
火野が謎の言葉を名取にぶつけると
「自分から突っ込んできたんでしょ?」
と、名取は冷静に言い返した。

火野は深々とため息をつく。
「何故なんだよ? 俺をここから出してくれよ。」
名取は言葉を選ぶように沈黙した。その間に火野は続ける。
「やっと掴んだチャンスなんだよ。ここで何もせずに引き返したら、俺はこの先どうしたらいいんだ。」

懇願する火野に対して、名取は「諦めてください。」  と、名取が静かに突き放した。

「何故お前は、俺を止める?」火野の声が揺れる。
名取は火野を見据えたまま逆に問い返す。
「じゃあ逆に聞きますけど、ここから出て何するんですか?」
「それは…」
火野は徐に鞄から、風呂桶やシャンプーなどを取り出し、名取へ見せつけ
「温泉に入りに行くんでしょ!」と、真剣な顔で答えた。
「そのためにわざわざこんな所まで来たんでしょ!」

名取は、火野が温泉に入ろうとしていたのを阻止していたのだった。
別に、温泉に入るだけなら止めはしない。
名取もそのつもりで、この宿に来たのだから。
しかし、火野の目的が分かった以上、止めないといけない。
何故なら、火野の目的が“復讐の為に温泉に入る”だからだ。

名取は呆れたように肩をすくめながら、火野のお風呂セットと取り上げ
「ここのシャワーを使ってください。」と、シャワーのある部屋へ放り投げた。
「何で温泉に入りに来て、部屋のシャワーを使わなきゃならないんだよ!」
火野は正論を吐き捨て、もう一度名取に突っ込んで行ったが、またもや名取にいなされてしまった。

「もうどいてよ…」  火野は両手、両膝を床につけ、そして目には涙が溜まっていた。
「火野さん、僕は理不尽に温泉に入るのを止めているわけではないんです。あなたの悲しむ顔が見たくないだけなんです。」
名取が真剣な顔で言った。

「は?」火野は困惑した表情を浮かべた。

名取は、まるで子供に説教するような調子で言葉を続けた。
「火野さん、僕にこう言いましたよね? 入っただけで運気の上がる有名な温泉がある。そこに入れば皆が皆、いい顔になって帰って行く。露天風呂に入って超カッコよくなって、女にキャーキャー言われようぜ…って。」
「そうだよ。だから、俺は今ここにいるんだ。」
火野は自信満々にうなずいた。
名取は呆れたようにため息をつき
「いい顔って、どういう意味で捉えてますか?」と、火野に問いかけた。
火野はすぐさま「そりゃ…カッコよくなるってことでしょ?」と、カッコつけながら答えた。

火野の様子、そして答えを聞いた名取は額に手を当てて、天井を仰いだ。
「やっぱり…温泉に入っただけで顔の形が変わるって本気で思ってたなんて…。」
「お前、信じてないのか?」
火野が真剣な顔で、目を丸めながら名取に尋ねる。
「当たり前でしょ!」
名取の目は大きくなり、さらに声も大きくなる。
そんな名取の肩を掴んだ火野は、優しい笑顔で
「いいか、いいこと教えてやる。信じていれば、願いは叶うんだよ。」と言い放つつと、名取も笑顔を火野に向け 、肩にかけられた手を払い
「それとこれとは別です。」  と、言い終わると同時に、笑顔を消した。
火野は意気揚々と大きな声で続ける。
「信じていれば空も飛べる! 信じていれば温泉に入って、俺の顔が福山雅治みたいになる!」
「ならないし、飛べない!」 名取は、火野から出た謎の宣言を掻き消すように、より大きな声で即答した。

「うるさい! とにかく俺は温泉に入って福山雅治を足して2をかけた顔になるんだよ!」
その突飛な計算式に名取の思考が止まった。
「…×ちゃったよ。そこはせめて2で割りましょうよ。」
「2で割ったら元に戻るだろうが!」
火野は胸を張って主張する。
「元に戻る?」名取は唖然としたまま呟く。
「お前もかよ!」火野は呆れかえった様子で続ける。
「皆、足して2で割るとか言ってるけど、あれ意味ないんだぞ。計算してみろ。俺が1で、福山雅治が1、足したら2になる。それを2で割ったら1に戻っちゃうじゃん。ほら、この計算になんの意味があるんだよ。」

名取は火野の純粋な顔で説明する計算式に絶句し思った。

先輩は根本的な部分が間違っている。
だから温泉でカッコよくなれるって本気で思ってるんだ…と。

「いや、そもそも何で火野さんが福山雅治と同じ1なんですか? 同等なわけないでしょ。」  名取は困惑しつつも理性を保とうと努めた。
火野は名取の言葉に苛立った。
「同じ人間だろうが!」
火野は声を荒げたが、その荒げた声量をさらに上回る声量で「同じ人間じゃない!」と、名取はきっぱりと言い放った。

え…同じ人間じゃない?
どう言うこと?
俺と福山雅治は一緒じゃないの?
え?どっちが人間じゃないの?
福山雅治?それとも、俺?

火野は名取の言葉に困惑を見せた。
名取は、そんな困惑している火野のに説明を続けた。

「いいですか、皆の言っているのは、福山雅治が10で火野さんが0。」
「何で俺が0なんだよ?」火野は名取の説明に口を挟むが、
「いいから聞けよ。」と、名取もすかさず、先輩である火野にタメ口で静止し、話を続けた。
「10と0を足したら10、それを2で割ったら5になる。0が5になるってことで、少しでも福山に近づけるって計算なんです。」
冷静に計算式を伝え終えた名取はだったが、
「って言うか、そもそも福山に近づくって何だよ?温泉入っただけでカッコよくなれねぇよ!」  計算式を説明している状況事態に苛立ちと共に、火野に対しての哀れみが込み上げてきた。

「入る前から決めつけてんじゃねぇよ!」  火野は再び反論するが、
「目を覚ましてください。」と、名取は冷静に、そして使命感に似た感情で火野を静止した。

「とにかくどけ。」火野は強い口調で命じた。
「嫌です。」
「俺は先輩だぞ!」
「もう、上も下も関係ない!」

名取は毅然とした態度で応じた。
その瞬間、部屋の壁にかけられていた絵が床に落ちた。二人は一瞬動きを止め、その方向を振り返る。

「ほら、火野さんが訳分からないこと言うから落ちた。」名取が指摘する。
「俺のせいかよ。」火野はしぶしぶ絵を拾い上げ、元の場所に戻した。


つづく

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